マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #23

「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨

 

マーケティングとの関連


 進化的にそこそこ古くからある報酬系が、消費者が直面する選択肢の価値を作り出すことに関与するなら、マーケティング関係者としては、そこにうまくアピールできたほうがいいですよね。この点を、人間にとっての「報酬」という観点から少し考察してみましょう。

 金銭や社会的な報酬については先に述べた通りですが、それ以外にも、たとえば、好きな音楽や絵画などのアートやスポーツなど個々人が興味・関心を持つものも「快」をもたらすものと考えられますし、達成感や好奇心を掻き立てるものなどの内発的なものも、この文脈での「報酬」と考えられています。実際に、音楽や、絵画など美術と報酬系との関連などが、たくさんの研究で報告されています。たとえば音楽に関しては、特に強い感情が体験されたとき、その前後つまり期待・予測を含めたタイミングに線条体におけるドーパミンの放出があることが示されています(注釈10)。

 これらのことは、効果的な広告が往々にして印象的な音楽と結び付いていたり、売れている商品やそのパッケージがしばしば美的観点からのデザインの評価も高かったりすることと、無関係ではないだろうと推察されます(注釈11)。ソニックブランディング(音を使ったブランディング)やスポーツイベントのスポンサーなどとも関連が深いでしょう。

 また、心を打つような印象的なキャッチコピーなども、それに通じるものがありそうです。逆に「○○なのに○○だから○○」みたいな説明や説得になってしまっているようなものは、後付けの理由の解釈の助けにはなるのでしょうけど、意思決定の文脈における価値に大きく寄与するようには思えません。なにしろトカゲの祖先から受け継いできている直感的に作動するシステムなのですから。

 この後付け解釈と意思決定の後押しの違いは、以前の記事の「好き」と「欲しい」の違いとも関連が深いので、是非あわせてご参照ください(https://agenda-note.com/customer/detail/id=3708)。
 

まとめ


 今回は、「脳内共通通貨」を使った意思決定の過程について、その進化や脳内メカニズムを紹介し、マーケティングに結びつけることを試みました。ただし実際には、ここで計算された価値が、そのまま一足飛びに選択に結びつくわけではありません。

 その時どきの文脈や身体内部の情報などとも統合され、さらにそれが刻々と変化する状況に応じてダイナミックにアップデートされていくでしょう。そのダイナミックな過程には、この連載でもこれまで約半年にわたって述べてきた予測符号化や自由エネルギー原理なども関連してくるでしょう。このような総合的な考察は、またいずれ機会があれば試してみたいと思います。

<脚注>

1.    Levy DJ, Glimcher PW (2012) The root of all value: a neural common currency for choice. Current Opinion in Neurobiology, 22: 1027 – 1038.
2.    Cabanac M, Cabanac AJ, Parent A (2009) The emergence of consciousness in phylogeny. Behavioural Brain Research, 198: 267 – 272.   
3.    Paradis S, Cabanac M (2004) Flavor aversion learning induced by lithium chloride in reptiles but not in amphibians. Behavioural Processes, 67: 11 – 18.  
4.    Izuma K, Saito DN, Sadato N (2008) Processing of social and monetary rewards in the human striatum. Neuron, 58: 284 – 294.
5.    Knutson B, Rick S, Wimmer GE, Prelec D, Loewenstein G (2007) Neural predictors of purchases. Neuron, 53: 147–156.
6.    Berns GS, Moore SE (2012) A neural predictor of cultural popularity. Journal of Marketing Research, 52: 482 – 492. 
7.    たとえば、Kühn S, Strelow E, Gallinat J (2016) Multiple “buy buttons” in the brain: Forecasting chocolate sales at point-of-sale based on functional brain activation using fMRI. NeuroImage, 136: 122 – 128.
8.    Genevsky A, Yoon C, Knutson B (2017) When brain beats behavior: Neuroforecasting crowdfunding outcomes. Journal of Neuroscience, 37: 8625 – 8634. 
9.    Knutson B, Genevsky A (2018) Neuroforecasting aggregate choice. Current Directions in Psychological Science, 27: 110 – 115.
10.    Salimpoor VN, Benovoy M, Larcher K, Dagher A, Zatorre RJ (2011) Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music. Nature Neuroscience, 14: 257 – 262.
11.    D.A.ノーマン(著)、岡本 明 (翻訳), 安村 通晃 (翻訳), 伊賀 聡一郎 (翻訳), 上野 晶子 (翻訳)(2004)『エモーショナル・デザイン―微笑を誘うモノたちのために』新曜社
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