マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #24

話題になると、なぜ売れる? 他者評価が消費者の主観に与える社会的影響力を解き明かす

 

行動科学のモデルのなかでの社会的影響の位置づけ


 脳内でこのような根源的な影響があるのだから、行動科学や心理学のさまざまな理論に社会規範が組み込まれているのも驚きではありません。そのなかでも、よく知られている理論のひとつに、社会心理学者のアイゼン(Isek Ajzen)の「計画的行動理論(Theory of Planned Behavior: TPB)」が挙げられるでしょう(脚注4)。
  

 この理論では、図の通り、行動の実行に影響を与える「意図」は、3つの主要な要素から形作られるとされます。
 
・態度(Attitude): 特定の行動に対する個々の態度や感情。行動がポジティブな態度に結びついているほど、その行動を実行する意図が高まるとされます。
  o アルコール飲料について、楽しい、リラックスできる、あるいは、健康に悪い、周囲に迷惑をかける、など。

・主観的規範(Subjective Norms): 他者からの期待や社会的な圧力。他者が特定の行動を期待していたり、支持していたりする場合、その行動への意向が増すとされます。
  o 周りもみんな飲んでいる、商談を上手く進められる、家族から禁酒を促される、など。

・知覚された行動の制御可能性(Perceived Behavioral Control): 行動を実行する個人の制御能力に関する信念。行動を実行するのが容易であると感じれば感じるほど、その行動を実行する意向が高まるとされます。
  o あぶく銭が入って酒代に困らない、あるいは逆に、近くにいいお酒が売っていない、意思の強さに自信がない、など。

 こうした3つの要因から意図がつくりだされて、行動に繋がるというわけです。あくまでモデルですから、そっくりそのまま脳内にこれが再現されているとは想定されていません。とはいえ「計画的行動理論(Theory of Planned Behavior: TPB)」は、広告の影響やSNSにおけるブランドのフォローなどマーケティングに関連する研究の枠組みにも使われていますし(脚注5)、さらには、運動習慣や健康的な食習慣の促進、健康行動、リサイクルなど環境への対応など、本当に多くの分野で行動変容や予測に応用されていますから(脚注6)、軽視するわけにはいきません。

 いずれにせよ、このモデルにおける「主観的規範」は、今回の記事で注目している社会的な要因ですね。ちなみにこれは、「周囲の人の実際の規範や行動(Actual Norm)」ではなく、「受け手が認識している周囲の人の規範や行動(Perceived Norm)」であることに注意してください。「Actual Norm」と「Perceived Norm」は等しくないことが多く、特に若年者では、たとえば過度な飲酒や喫煙など非健康行動を行っている人の割合を過大評価し、逆に好ましい行動をとっている人の割合を過小評価しやすいことなどが知られています。

 この「Actual Norm」と「Perceived Norm」の差は、「規範の誤認(misperception)」と呼ばれ、これが消費者の行動にも少なからず影響していると考えられています。なので、逆にその誤認を是正し、より望ましい行動意図へ導くための介入や教育手法なども、健康教育や公共政策などさまざまな実践へと応用されているわけです。具体例としては、献血の意図や環境保護活動への参加意向、過度な飲酒の抑制、運動習慣の向上などが挙げられます(脚注7)。
 

さいごに


 今回は、消費者の主観的価値や意思決定における社会的影響について、その脳内過程と心理学のモデルを挙げながら検討しました。社会的要因の話しですから、冒頭で述べたようなSNSを用いた施策などと関連するのは当然のことですが、理論やそれにもとづいた介入事例などを探っていると、意外と幅広い場面で役立ちそうだと思っています。

 たとえば、あるクライアントが抱える悩みの一つに、「購入意向」と「実際の購入」の間のギャップを少しでも是正したいという案件がありました。つまり、「購入したい」と回答した人の中から本当に購入しそうな人を抽出して、買わない可能性が高い人を除外したい、ということです。詳細は書けませんが、その対策の一つとして、規範の誤認の程度を指標に加えることで、購入意向の「精度」が上がるということがありました。

 もちろん、その他のさまざまな取り組みと合わせて実施しているので、純粋にそれ単体の寄与率まで把握できているわけではありませんし、倫理的にも実務的にも、適用できるカテゴリーに制約も大いにあるでしょう。当然ながら、実践でどう使うかは個別の案件によるわけですが、どのような分野であれ社会的要因の影響は常に考慮に入れておくべきテーマなのだろうと思います。

<脚注>

1. Latane B (1981) The psychology of social impact. American Psychologist, 36: 343 – 356.
2. Zaki J, Schirmer J, Mitchell JP (2011) Social influence modulates the neural computation of value. Psychological Science, 22: 894 – 900.
3. Nook EC, Zaki J (2015) Social norms shift behavioral and neural responses to foods. Journal of Cognitive Neuroscience, 27: 1412 – 1426.
4. Ajzen I (1991) The theory of planned behavior. Organizational Behavior and Human Decision Process, 50: 179 – 211.
5. たとえば;
• Raza SH, Bakar HA, Mohamad B (2018) Relationships between the advertising appeal and behavioral intention: The mediating role of the attitude towards advertising appeal and moderating role of cultural norm. Journal of Business and Retail Management Research, 12: 185 – 193.
• Shu-Chuan C, Chen H-T, Sung Y (2016) Following brands on Twitter: an extension of theory of planned behavior. International Journal of Advertising, 35: 421 – 437.
6. たとえば;
• Gollwitzer PM (1999) Implementation intentions: Strong effects of simple plans. American Psychologist, 54: 493 – 503.
• Neighbors C, Larimer ME, Lewis MA (2004) Targeting mis-perceptions of descriptive drinking norms:Efficacy of a computer-delivered personalized normative feedback intervention. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 72: 434 – 447.
• Beville JM et al (2015) Gender differences in college leisure time physical activity: Application of the theory of planned behavior and integrated behavioral model. Journal of American College Health, 62: 173 – 184.
7. たとえば;
• Botvin GJ et al (2001) Preventing binge drinking during early adolescence: One- and two-year follow up of a school-based preventive intervention. Psychology of Addictive Behaviors, 15: 360 – 365.
• Balegh S et al (2016) Increasing nondoners’ intention to give blood: addressing common barriers. Transfusion, 56: 433 – 439.
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