トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #11

脳科学が解き明かす、企業と消費者が「価値共創」する方法【ニューロサイエンティスト 辻本悟史氏】

前回の記事:
価値共創とは顧客との握手である。マーケターがサービス・ドミナントロジックを活かして価値共創を取り入れるには?【スケダチ 代表 高広伯彦氏】(後編)
 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第6回は、脳科学の研究者としてアカデミアで10年以上にわたって研究に携わった後、ニールセンの社員に転身し、長年の研究で得た知見をマーケティングに応用してきた経験も持つ、ニューロサイエンティスト / That Fig Tree Director / 博士(医学)の辻本悟史氏が登場。Agenda noteでは、脳科学や行動経済学の分野から人間の行動とその背景に迫る「マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか」を連載している。脳科学の観点から、価値共創のためにマーケターが持つべき考え方や、起こすべきアクションについて詳しく聞いた。
 

人は深く考えずに意思決定している


中村 本日はニューロサイエンティスト(脳科学者)の辻本さんをお迎えしてお話をお伺いしたいと思います。まずは、辻本さんのご経歴からお伺いできますか。

辻本 脳科学の基礎研究に大学時代から取り組んでいました。大学卒業前に研究の道に進むことは決めていたのですが、幸運なことに大学院生のときから研究者としてお金をもらいながら博士号を取得しました。その後、米国の研究所に就職し、4年ほど研究していました。
 
ニューロサイエンティスト / That Fig Tree Director / 博士(医学)
辻本 悟史 氏

北海道大学大学院にて博士号取得後、米国国立衛生研究所(NIH)で、脳の仕組みや発達に関する基礎研究に従事。その後、神戸大学准教授、京都大学准教授などを経て、外資系マーケティングリサーチ会社にて、アジア太平洋地域を中心に、コンシューマー・ニューロサイエンスの事業展開に幅広く寄与。現在は、シンガポールのThat Fig Tree社でDirector。

基本的に研究では、動物実験に取り組んでいました。最終的には人の脳を知りたいわけですが、人の脳を直接調べるのは難しいので、近縁な種であるサルを対象に研究していました。帰国後は、神戸大学で准教授として学生に教えながら研究を続けていましたね。その頃には、人間の子どもを対象に脳の発達の研究も行いました。

そんな中、当時はまだベンチャー企業だったニューロフォーカスという会社から「ニューロサイエンスをマーケティングに応用する分野に興味がないか?」という連絡が突然来たのです。そこで話を聞いてみると、なかなか面白そうな分野だったので、神戸大学との兼業を経て、ニューロフォーカスを買収したニールセンの社員になりました。

当時、取り組んでいたのは、リサーチの手順や規格に脳活動の計測や解析をどのように落とし込むかというテーマです。そこではR&D(研究開発)だけでなく、クライアントに対面して営業に近い部分まで担いながら、プロトコルの改善を行っていきました。研究の黎明期から実際の社会実装まで携わったからこそ出てくる仮説も得られ、その後の研究にも非常に役立ちました。

さらに、今度はそこで得た学びを再び研究にも活かせるのではないかと思い、京都大学からお話をいただき、ニールセンとのつながりも維持しつつ3年ほど京大の准教授を務めました。そこでは、基礎研究ではなく、応用研究に近い形で、社会で得た仮説や学びをもう一度研究に落とし込むということに取り組みました。

その後はニールセンのシンガポール支社で働きましたが、コロナ禍になってデータが一切取れなくなり、何カ月も仕事にならない日々が続いて、結局はシンガポールの研究所を閉めることになりました。それで日本に帰り、すべての雇用関係を白紙にして、セミリタイアしました。

現在は社員10人程度で運営しているマーケティングリサーチのブティックエージェンシーで、これまでの知見やノウハウを活かしながら週に数日仕事をしています。

中村 2010年代にニューロサイエンスを活用したマーケティングが業界に登場したとき、私は大きな衝撃を受けたことを覚えています。当時、私が勤めていたP&Gは150年以上のコンシューマインサイトに関する蓄積がありましたが、それがわずか数年のうちに書き換えられたのです。

そのため、いわゆる普通のマーケターと、辻本さんのようなニューロサイエンスを経験したマーケターの常識は少し違うと思います。普段、マーケティングに携わる人と話していて、最も驚かれることは何ですか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

辻本 消費者の意思決定のフローですよね。従来のマーケターは、消費者が商品・サービスについて何かしらをまず考えて、そこから意思決定をして、その後に「これは楽しい」「幸せだ」と何らかの感情を抱くと考えていました。そのため、「消費者に購入してもらうためには、どのような説明で説得すればいいのだろうか」と考えていたと思います。

しかし、ニューロサイエンスの視点でいえば、人は考えて決めていません。まず本能的な直感に基づいて何らかのアクションを起こし、その後に「なぜだろう」「次にどうすべきだろう」と考えています。何も考えていないわけではありませんが、それを決める前ではなく、決めた後に考えているということなんです。

中村 それはマーケターにとって興味深い指摘ですね。本日は、いまお話いただいたようにマーケターの常識や誤解について、脳科学の視点からいろいろお聞きできればと思います。

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