社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #01

災害発生、そのときマーケターはどう動く? 社会変動と消費者インサイトの関連性を読み解く【LIFULL篠崎亮氏】

 

消費者が求める「生存本能」と「つながり」


 命に関わるような危機に直面したとき、人の心を突き動かすのは何か。それは「動物的な生存本能や子孫を残したい」という欲求です。社会心理学者のダグラス・T・ケンリックは「きみの脳はなぜ『愚かな選択』をしてしまうのか」(講談社)で、行動の「究極な理由」として、人は進化上の目標を達成するように設計されていると記しています。

 東日本大震災は多くの人に生存の危機を感じさせ、身体を磨く意識を高めました。ライザップのような筋トレや、美容エステの事業が急速に成長、テレビや都会の電車の広告を押さえて人の心を刺激し、時代のトレンドになりました。これは「モテたい」といった「他者」を意識した行動というよりも、身体が強く・美しくなることで精神の安定を獲得するという「自己」を意識した行動として理解できます。

 もうひとつ触れたいのは「日本文化への帰属」や「つながり」の意識です。当時、広告会社で私が師事していた先輩は、AEON(イオン)の浴衣のマーケティングを支援しており、「にっぽんをうたおう。」というキャンペーンで、みんなが浴衣を着てつながるというアクションを起こして消費を動かしました。他社の事例ですが、サントリーの企業CMでは名曲「上を向いて歩こう」を、契約タレントがリレー形式で歌っていたことを覚えている人もいるかと思います。
  


 コロナ禍では、緊急事態宣言による外出自粛など、社会的な必要に応じた行動変化で、衛生用品や冷凍食品の需要が増えたのは誰もが知るところです。一方、「R-1」や「ヤクルト1000」のような「免疫力を高める」系の商品のブームは、先に述べた、生存本能に基づき自分を守るための主体的な消費と捉えられます。

 さかのぼって2001年の9.11(米同時多発テロ事件)では、NYのワールドトレードセンターが炎上する様子がテレビで放映され、多くの日本人も衝撃を受けました。リーマン・ショックによる世界的な社会不安が起こり、日本の消費や文化にも大きな影響を与えたのはそれから7年後のことです。この頃の若者たちのトレンドや社会経済状況は、約20年を経た現在の日本と似ています。

 今、新宿・歌舞伎町には「トー横キッズ」とも呼ばれる若者たちが集って社会問題化していますが、リーマン・ショックの頃は不安を抱えた若者たちがやはり、渋谷や原宿に居場所を求めました。最近は少し持ち直しましたが、2020年度はコロナ禍の影響でGDP(国内総生産)の実質の伸び率はマイナス4.6%。リーマン・ショックが起こった2008年度のマイナス3.6%を超える最大の下落でした。

 ギャル、カラフルな髪色、ルーズソックス、プリクラ。昨今、若年層はこれらの「平成」のトレンドを仲間内のつながりに相応しい文脈で再解釈し、再興しています。企業もこの潮流に注目しています。たとえばマクドナルドの「アムラー」やPUFFY風といった「平成ファッション」を用いたCMを見た人も多いのではないでしょうか。
  


 ファッショントレンドはもともと、20年ほどで回帰するのが一般的です。そのため、災害の影響と一義的に言えないところはありますが、近年の傾向と、9.11やリーマン・ショックに連なる社会経済状況の類似を見れば、無関係とは言えないと思います。

 災害による社会変動で、普遍に感じていた価値観への疑念が生じれば、コミュニティへの帰属を求め、仲間内だけで分かり合える刹那的な快楽を求める。これも人間の本能であり、新たな消費を引き起こす要因になります。

 では、このように過去を振り返り、当時と同じように対応すればマーケティングが成功するかと言えば、答えはもちろんNOです。第2回では、消費者が接するメディア環境や所属するコミュニティの多様化から、現在のマーケティングが頻発する災害とどのように向き合うべきか、考えてみたいと思います。

※第2回に続きます
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