トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #13

花王がマスマーケティングから大転換、生活者に寄り添う共創戦略の実態を聞く

 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第7回は、花王 ヘルス&ビューティケア事業部門 スキンケア事業部 シーズンの小原聡太郎氏が登場する。前編では、近年大きく変化している花王のマーケティングコンセプトや、同氏が担当する日焼け止めブランド「BioréUV(以下、ビオレUV)」での価値共創の取り組みについて、その裏側にある考えも含めて詳しく聞いた。
 

生活者に寄り添った「リテンション型」のモノづくりへ


中村 本日は、花王、そして小原さんが考える「価値共創」について、いろいろお聞きしていきたいと思います。まずは、小原さんのご経歴からお伺いできますか。

小原 2014年に新卒で花王に入社して、最初の4年は小売向けの営業や販売戦略を立案する部門に従事していました。

その後、5年目のタイミングでビオレ事業部に異動し、マーケティング担当になりました。最初の1年は「ビオレu」、次の年から「ビオレUV」の担当になって現在に至ります。5年ほど「ビオレUV」を担当しており、マーケティング全体を網羅しています。
 
花王 ヘルス&ビューティケア事業部門 スキンケア事業部 シーズン
小原 聡太郎 氏

 慶応義塾大学総合政策学部卒。2014年に花王に入社し、4年間販売部門(店舗担当、販売戦略部門など)を経験したのちに、2018年よりスキンケアブランド「ビオレ」のマーケティングを担当。2024年2月よりベトナムに赴任。

中村 花王といえば、ここ数年でマーケティングへの取り組み方を大きく変えている印象です。小原さんの観点から、その変化についてお話しいただけますか。

小原 かつての花王は、典型的な旧来型マスマーケティングの会社でした。しかし、近年ではデジタルメディアを活用したマーケティングにもかなりシフトしています。

社内ではマーケティングのコンセプトも大きく変えました。以前はトライアル購入の促進に重点を置いていましたが、現在は「Life Value Solution Marketing(ライフバリューソリューションマーケティング)」を掲げています。これは、生活者の課題をしっかりと捉え、その本質的な欲求に応える価値を提供して寄り添うことを目指しています。また、人々の満足度の高い暮らしや持続可能な社会への貢献など、「生活者との絆」をどのようにつくっていくかを考えるようになりました。

中村  「絆」という言葉が使われているのは、何か理由があるのでしょうか。

小原 それは生活者との関係性には上も下もなく、一緒に取り組んでいく仲間であることを“絆”という言葉で表現しています。

中村 なるほど。「ライフバリューソリューションマーケティング」という単語も特徴的だと感じました。これはどういう意味なのですか。

小原 花王が「価値」をどう捉えているのかを見直したところ、「マーケティングの神様」と呼ばれるフィリップ・コトラー氏が提唱する「3つの価値」がそのベースにあると考えました。

つまり、「機能的価値」「感情的価値」という“me”の部分と、「社会的価値」という“we”の部分です。これらの価値が合わさったときに、人々の心豊かな生活を実現する価値、すなわち「ライフバリュー」が生まれると考えています。ただし、このバランスは製品のカテゴリーによって異なると思われます。

例えば、ビオレUVの場合、「絶対に日焼けしない」という機能的価値がベースとして大きな割合を占めていながらも、感情的価値と社会的価値も重要です。これらの価値が組み合わせることで、紫外線を気にせず生活し、より前向きな気持ちになれるというライフバリューにつながります。

おそらく我々の取り組みは他社に比べると遅れていますが、ようやくリテンション型のモノづくりに移行してきました。これにより、生活者と小売にとっても、より満足度の高い製品を提供できると考えています。

中村 新しいマーケティングへの取り組みは、意識的に強化されているのですね。

小原 はい。実は花王には、家事を科学的に分析し「生活者により良い暮らしを提案したい」という思いで、1934年に設立された「家事科学研究所」があります。そこで生活者の研究を行い、商品開発に活かしてきました。

さらに、「生活者コミュニケーションセンター」を設置し、生活者から寄せられる一つひとつの「声」を真摯に受け止めています。これにより生活者の想いや生活環境、その背景にある習慣などを深く理解しています。個人的には、日本市場においては花王が生活者を最も理解している企業ではないかと思っています。

これまでは各部門が生活者に寄り添うという方針で事業を運営してきましたが、これからは生活者の本質的な欲求に真摯に応え、どのように価値をつくっていくかにも注力していきます。

中村 それは素晴らしい取り組みですね。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

 慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

小原 2022年には、生活者との関わり方についてデジタルをより活用した手法として、生活者との双方向プラットフォーム「My Kao(マイ花王)」という新サービスもローンチしました。My Kaoでは、お客さまのいろいろな声を集めたり、新製品の紹介をして実際に使った感想を聞いたりして、それを商品開発に活かしています。その一連の流れが花王の中で完結するというのは、いままでなかった取り組みですね。また、My Kaoは花王のCRM戦略(Customer Relationship Management:顧客関係管理)の中心にもなっています。

花王というブランドにおいても、パーパスドリブンなアプローチを採用しています。従来は、企業が伝えたい価値を中心に据えたブランドマネジメントでしたが、現在は生活者を中心に据えたライフバリューの提供に焦点を当てる方法に変えています。

中村 デジタルも活用しながらマイクロマスに挑戦されている印象ですが、いまでもテレビCMを活用されていますよね。それは、どのような目的で使っているのですか。

小原 テレビCMは認知の獲得が一番の目的です。後ほどビオレUVの新しいマーケティングのサイクルである「3S(Scene:使用場面、SNS・UGC戦略:クチコミ、Store:店頭)」についてもお話ししますが、あくまでもそのサイクルをブーストさせる位置付けで活用しています。

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