トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #15

プレステージ・ブランドの真髄とは? 資生堂 清水氏が語るストーリーを紡ぐことの大切さ

 

機能を越えたブランド価値を創る


中村 これまでのご経験から「価値」に対していろいろな角度で向き合ってこられたのかなという印象です。そうしたご経験から、どのようなことを学んでこられましたか。

清水 たとえば化粧品では「成分」など、機能的な価値に軸足が置かれるマス ブランドに対して、機能を越えた夢や物語といったストーリーという価値を売るのがプレステージのブランドだと考えています。

夢や物語などの無形のものを「情緒的価値」と言いますが、ペルノ・リカールという酒造メーカーで働いたときのシャンパーニュは、その究極の姿であり、情緒的価値をどうつくるかが勝負でした。化粧品のカテゴリーだと香水などが似ているかと思いますが、何の香料が入っているとかどんなブドウが配合されている、ということが商品の価値に意味をもたらさず、「ストーリー」が商品の価値をつくるという興味深い市場でした。
  

たとえば、シャンパーニュの「ペリエ ジュエ」と、その競合である「ドン ペリニヨン」であれば、どちらも同じくらいの価格帯です。ペリエ ジュエは「シャルドネ」という白ブドウを主体とし、ドン ペリニヨンは「ピノ・ノワール」という黒ブドウを主体としてアッサンブラージュをしていますが、それだけではお客様への「価値」となりません。そこで、ピノ・ノワールという黒ブドウを主体としているドン ペリニヨンを「マスキュリン(男性のようなという意味)」、シャルドネという白ブドウを主体とするペリエ ジュエを「フェミニン(女性のようなという意味)」と対比して置いてストーリーを展開しました。

中村 なるほど、違いが明確になりますね。

清水 もう10年近く前なので市場もブランドも変わっているかと思いますが、当時は直接競合に対して、ペリエ ジュエは圧倒的に知名度が無かったので、それを逆手に取ってすでに市場に強い存在感を持っていたドン ペリニヨンに対して、対比の軸とストーリーを描き続けることで生活者に対してブランドの価値の輪郭を明確にするということに挑戦をしました。「女性的 vs 男性的」「エレガント vs パワフル」、「懐石料理とのペアリング vs フレンチとのペアリング」「シャルドネの繊細さ vs ピノ・ノワールの重厚感」、「白 vs 黒」、「日常を彩るクラフトとしてのアート vs マスターピースとしてのアート」というような対立構造を設計しました。

また、機能ではなく情緒的価値をつくるためにアートも活用していました。当時、ドン ペリニヨンはジェフ・クーンズなど、コンテンポラリー・アートの巨匠であるアーティストとのアーティスト・コラボレーションをしていたのに対して、ペリエ ジュエは「ささやかな日常を愛でる」をテーマに「クラフト(工芸)」のジャンルで活躍をしているアーティストを選んでいました。そうすることで、ペリエ ジュエは知的で日常を楽しむ洗練された女性が飲むお酒というイメージをつくっていきました。

中村 両者に機能的な差があまりない中で、少しの違いに注目して、全体をつないでストーリーにしていったのですね。

清水 はい。「機能」での差別化を越えて、受け手の想像力をどう掻きたてるかが重要だと思います。

中村 企業側の世界観をただ伝えるだけでなく、受け手が想像する余白を残しているのですね。どのようにアプローチすれば、想像の余白を残せるのでしょうか。
  

清水 私は、そのブランドが持っている特性やコアの哲学が何かを必ず深堀りします。たとえば、それが生まれた時代背景や歴史、創設者の言葉などです。私が携わったペリエ ジュエであれば、たとえばボトルに描かれている花がアール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家のエミール・ガレによる「日本の秋明菊」であることに着目し、エミール・ガレが生きた時代背景を調べ、当時のフランスのジャポニズム・ブームを背景にシャルドネの繊細さから日本をインスピレーションしたに違いないと妄想をし、「繊細さ」という「シャルドネ」の特徴にさらに「日本」市場への親和性と「アート」というキーワードから日本市場でのブランド価値のストーリーに繋げました。それぞれが「点」で存在していたファクトを「線」として繋げてストーリーにした形です。また、その歴史を現代に繋げる役割を担っている当時の最高醸造責任者にもさまざまな質問をぶつけ、ペリエ ジュエというシャンパーニュの本質を深堀しました。

特に創設者がいるブランドは、その考え方から膨らませて、時代背景やファクトを現代のお客様とつなげたときに、どうすればその時代の変化によっても変わらない「本質の部分」がきちんと伝わるのかを考えます。

中村 つくり手の想いや時代背景を理解した上で、そのストーリーを現代に落としていくというアプローチなんですね。

清水 そうです。過去と対話をし、それを自分の血肉にしてから、目の前のお客様にどうすればナラティブに伝える橋渡しができるかを考えます。現代を生きる指揮者が振るクラシック音楽のオーケストラにおける「作曲家の意図や曲の解釈」とも類似点があるかも知れません。

中村 では、そのブランドのコアの哲学を知るために、具体的にどのようなことをされているのですか。

清水 先人たちが書いた書籍などを読み漁ります。資生堂も静岡県掛川市に「資生堂企業資料館」という資料館があって、そこに昔からのものが展示されており、ブランドの骨格を考える上で過去の資料を取り寄せて読むこともあります。そうしたものから、創業者や過去の歴史を紡いだ先人たちの残した言葉や思考を納得のいく深さまで掘って、その真髄を自分の中に血肉として入れ込んでいくという作業をします。資生堂の初代社長であった福原有信が残した言葉や先の名誉会長であった福原義春が残した言葉に触れ、彼らの考えていたことから学びます。

シュウウエムラでは植村秀の言葉を、クラランスではジャック・クルタン・クラランスの言葉から彼らの考えていたことの現代解釈をする形です。

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