マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #25

企業の「幸福」戦略:快楽的な幸せの提供だけでなくバランスを

 

ヘドニアとユーダイモニアとは何か?


■ ヘドニア

 ヘドニア的な幸せは、「喜び、楽しみ、快適さ、痛みの軽減」などに代表され、一言で快楽的な幸せともいわれます。快楽というとなんとなく退廃的なニュアンスを感じるかもしれませんが、ネガティブな意味は込められていません。代表な例として冒頭で述べたようなことが挙げられます。特徴をまとめると、以下のようになるでしょう。

• 五感を通して感じられる快であることが多い
• ポジティブ感情が高まり、ネガティブ感情が減弱する
• お金やモノなど外的な刺激や報酬によるところが大きい
• 比較的短い時間しか続かない

 長続きしにくいという点には、注意が必要です。どんなに美味しいものもずっと食べ続けると感動は薄れるでしょう。人間を含めたほぼすべての動物には、環境や刺激に適応する「馴化」という能力があり、人における快楽の刺激への馴化は特に「快楽適応」と呼ばれます。

 このため、ヘドニア的幸福をずっと継続しようとすると、常に新たな快楽を求める必要があります。比喩的に「ヘドニック・トレッドミル」と呼ばれます。いわゆるランニングマシーンのことですね。常に走り続けないといけないのは、少々やっかいですね。

■ ユーダイモニア

 一方のユーダイモニア的な幸せとは、「自信の可能性を最大限に発揮し、内的な美徳に沿って生きること」であり、自己の成長や人生の意義、それに向けた研鑽や、生きがいを感じるようなタイプの幸せとされます。たとえば利他的な社会貢献などは、必ずしも快の感情ばかり続くとは限りませんが、「やりがい」や「達成感」などを通してユーダイモニア的な幸せの例と考えられます。

 関連する概念として、自己実現、真正性、徳、自律性などが挙げられます。共通する特徴をまとめると、以下のようになるでしょうか。

• 苦労や困難を伴うこともある
• 一定期間打ち込むことで感じられやすい
• 内発的な動機づけ、内なる信念と価値観によることが多い
• 比較的長い時間続く

■ 両方のバランスが大事

 ヘドニアとユーダイモニアは互いに排他的というわけではなく相互に関連しますし、また、どちらが大事というものでもなく、冒頭の図の通り、両方をバランスよく持っていることが重要だと考えられています(脚注3, 4)。文脈的には、ユーダイモニアを推したいのだろうと思われそうですが、それだけだと、現在が無味乾燥で楽しみが足りません。意義のあることのため、生きがいのために足元の生活を犠牲にしてしまうようでは、総合的に満ち足りた幸せとは考えられないのです。

 さらに双方ともに、主観的な話だけでなく、心血管疾患の罹患率や重篤度、抹消炎症、ストレスホルモン(コルチゾール)のレベルなど心身の健康と関連することも多数の研究で報告されています(脚注4)。心理的、身体的にも、そして社会的にも健康に生きるためには、ユーダイモニアとヘドニアどちらも大事なのです。

 ストレスや健康との関連は次回以降の記事で検討することにして、一旦ここで話をマーケティングのほうに戻してみましょう。

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