マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #25
企業の「幸福」戦略:快楽的な幸せの提供だけでなくバランスを
2024/04/26
ユーダイモニアと「イミ消費」的潮流
旅行を例にすると、現地の特産物を飲んだり食べたり、きれいな景色に癒されたり、アトラクションでドキドキするなど、ヘドニア的な楽しみも大いにありますが、一方で、歴史・文化の伝承、地域貢献、健康増進などユーダイモニア的な目的が最近のトレンドであると言われています(脚注5)。実際、再訪意向や口コミへの投稿(脚注6)、旅行者の総合的な満足度(脚注7)などに、ヘドニアとユーダイモニア両方が影響することが明らかになっています。
Airbnbの世界的な席巻は、その潮流の代表例とも言えそうです。質問紙調査では、コストや利便性の他に、真正性(authenticity)のある文化的体験や地域社会への関与などユーダイモニア的要因が、Airbnbユーザーの利用目的や動機として挙げられています(脚注8, 9)。さらに、宿を提供するホストの側の体験も、ユーダイモニア的幸福に寄与すると報告されています(脚注10)。従来の宿泊業と異なる、このビジネスモデルならではのポイントとして挙げられるでしょう。
市場が成熟化しモノが満ちあふれた現代は、消費者の関心が「モノ消費」から体験的価値に重きを置いた「コト消費」へと移り、近年はさらに「イミ消費」という概念もしばしば聞かれるようになりました(脚注11)。
「イミ消費」は、提唱者の竹田クニ氏によると、「他者支援や社会貢献、健康維持増進、文化の継承などの価値が、消費行動や商品に付帯していて、それを意識的に選ぶ消費行動」と定義されています(脚注11, 12)。健康維持、環境保全、他者支援などがキーワードとして挙げられ、「自分がどうありたいか」、「どうあるべきか」を指標にした経済活動というわけですね。ユーダイモニアの考え方とも非常に関連が深いように思いますし、先ほど例に挙げたツーリズムに関して、「イミ消費」から分析されたり、考察されたりしています(脚注13)。
この潮流がサービス財に限ったものではないのは、当然のことですよね。私のよく利用するスーパーマーケットには、「ご近所野菜」という近隣の農家さんの野菜を扱うコーナーがあります。その賑わいの背景には、価格などの従来の尺度とは違う、地域の活性化や健康などの理由も加味されているでしょう。日用消費財にしても、快適さや利便性などの便益に加えて、自己実現や社会貢献などイミを持たせたコミュニケーションもますます増えていきそうです。そして、いわゆる「パーパス」がそれらに対してトップダウンで影響するというのが全体像なのでしょう。
企業・ブランドにとってのユーダイモニアとヘドニア
ここまで、ユーダイモニア的なアプローチの潮流とその重要性を述べてきましたが、それが直近の売上に直結するかという点は、分けて考えたほうがよいと思います。この点は、パーパス経営やESG投資などとも共通点が多いと思います。メリットとしてよく言われるのは、ブランドや企業の経営理念に対する共感、消費者のファン化、ロイヤルティの向上などでしょう。
それらに加えて、今回の記事の文脈での私の思いは、企業やブランドの目指すところにあります。たとえてみると、売上のような指標はヘドニア的だと考えられないでしょうか。たしかに経営にとっての「快」であることは間違いないのですが、そればかりを追求すると、ヘドニック・トレッドミルの上を走り続けるようなことになりかねません。企業・ブランドの健全性や持続可能性を考えた時には、やはり、企業・ブランドにとってのユーダイモニア的なアプローチもあるべきなのではないでしょうか。ブランドパーパスというのは、ブランドにとってのユーダイモニア的役割もあるのではないかと思うのです。パーパス経営が従業員のエンゲージメントを高めるのに有効だという話とも密接に関係するでしょう。
これに対して、売上につながるエビデンスに乏しいなどの理由で、パーパスやロイヤルティに疑問を投げかける向きもあるでしょうし、だから結局メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティだよね、というロジックも理解はできます。ですが、エビデンスがないというのと、意味・意義がないというのは、別の話しでもあります(脚注14)。
長期的な影響を調べるのは、単純に時間もかかるし、膨大な交絡因子が介在するため解析も容易ではありません。そのような研究は、短期的な成果を求められがちな最近の学術研究において、必然的に後回しにもなるでしょう。それで根拠がないと言ってトレッドミルを走り続けるのは、ちょっと残念なような気がします。人の幸福における2つの軸のように、経営(マネージメント)においても、両方のバランスに折り合いをつけていければと思います。
<脚注>
1. 現代の心理学では特に「ポジティブ心理学」という領域が、その中心的な役割を担っています。文献として、たとえば、マーティン・セリグマン(著)、宇野カオリ(監修、翻訳)(2014)『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福"から“持続的幸福"へ』、ディスカヴァー・トゥエンティワン
2. Huta V, Waterman AS (2013) Eudaimonia and its distinction from hedonia: Developing a classification and terminology for understanding conceptual and operational definitions. Journal of Happiness Studies, 15: 1425 – 1456.
3. Ryan RM, Deci EL (2001) On happiness and human potentials: A review of research on hedonic and eudaimonic well-being. Annual Review of Psychology, 52, 141–166.
4. Ryff CD, Boylan JM, Kirsch JA (2021) Eudaimonic and Hedonic Well-Being: An Integrative Perspective with Linkages to Sociodemographic Factors and Health. In: MT Lee, LD Kubzansky, TJ VanderWeele (Eds), Measuring well-being: Interdisciplinary perspectives from the social sciences and the humanities. pp. 92 – 135. New York, Oxford Academic
5. Filep S, Laing J (2018) Trends and directions in tourism and positive psychology, Journal of Travel Research, 58: 343 – 354.
6. Chen C, Teng Z, Lu C, Hossain A, Fang Y (2021) Rethinking leisure tourism: From the perspective of tourist touch points and perceived well-being. Sage Open, 1 – 15.
7. Park S, Ahn D (2022) Seeking Pleasure or Meaning? The Different Impacts of Hedonic and Eudaimonic Tourism Happiness on Tourists’ Life Satisfaction. International Journal of Environmental Research and Public Health, 19, 1162.
8. Agapitou C, Liana A, Folinas D, Konstantoglou A (2020) Airbnb is customer’s choice: Empirical findings from a survey, Sustainability, 12: 6136
9. Guttentag D, Smith S, Potwarka L, Havitz M (2017) Why tourists choose Airbnb: A motivation-based segmentation study. Journal of Travel Research, 173: 1 – 18.
10. von Richthofen G (2022) Happy hosts? Hedonic and eudaimonic wellbeing in the sharing economy. Frontiers in Psychology, 13: 802101.
11. 「コト消費の次は「イミ消費」?――シフトする食の消費価値観」2019.11.26
12. 「変「質」する外食市場 ~マーケットの読み方と付加価値の磨き方~(前半)」2018.01.25
13. 山川拓也 (2023) 「イミ消費」を意図した観光ツアー商品の企画開発に関する分析と考察 広島市内におけるsokoiko!の事業者インタビューと参加者事後レビュー から見えるもの. 観光マネジメント・レビュー, 3: 62 – 78.
14. Altman DG, Bland JM (1995) Statistics notes: Absence of evidence is not evidence of absence. BMJ, 311: 485.
- 他の連載記事:
- マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか の記事一覧