マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #27

「なつかしさ」をマーケティングにどう応用する? 心理学の理論にもとづいて検討

前回の記事:
ストレスは「有益だ」と思えば有益になるし、避けようとすると悪循環になる
 

今回の着目点


 先日、長い間絶版となっていた車が復活するというニュースを目にしました。車名の復活自体は珍しいことではありませんが、今回の車は私にとって人生で初めて購入したものだったので、特別に目を引きました。その車に乗っていたのは四半世紀も前のことですが、購入に至るまでの経緯やその後の数々の思い出がよみがえり、大変なつかしく感じました。

 なつかしさや、英語でいうノスタルジアは、ポジティブな気分とともに、時にほろ苦い感情を伴う複雑な感情だとされています(脚注1)。このような感情が私たちの日々の生活において果たす役割は、いったい何なのでしょうか。実は、心理学で提唱されているなつかしさの適応的な機能は、この連載で最近扱っている心理的ウェルビーイング、特に人生の意味やユーダイモニア的な幸福にも深く関連しています。具体的にはどういうことなのでしょうか。

 一方で、いうまでもなく、「なつかしさ」や「ノスタルジア」は、マーケティングにも密接にかかわります。なつかしさに心が惹かれるのは、なにも車好きの中年だけでなく、世代や性別を超えた普遍的な現象です。レトロな感じのパッケージやフォント、昔のヒット曲や画像を使った広告、昭和の街並みを再現したモールなど、いたるところで目にします。では、科学的なノスタルジアの研究から、実践にはどのようなヒントが得られるでしょうか。

 今回の記事では、これらの問いを念頭に置きつつ、なつかしさ・ノスタルジアの機能や分類について考察していきます。
 

人はなぜ「なつかしさ」を感じるのか


 英国の大学のある研究(脚注2)で、一般向け雑誌の読者から寄せられたノスタルジックなエピソードを分析したものがあります(脚注3)。これによると、記述されたストーリーは、一人称で自己が主人公であることが多く、親しい人物(祖父母や友人など)との交流や、重要な出来事(結婚式など)が頻繁に含まれていました。

 また、ノスタルジアを感じる前と後の感情の変化では、ネガティブからポジティブへの変化が約67%で、逆方向の29%に比べて2倍以上の差がありました。続く実験では、人々がノスタルジアを感じやすいのは、ポジティブな状態の時よりもネガティブな気分の時であることも明らかになりました。

 つまり、典型的なノスタルジア経験は、落ち込んだり悲しんだり、不安になっているようなときに、自分自身を中心に親密な他者と関わる重要な出来事を想起することで起こりやすく、それによって、自身の感情をポジティブなものへと変化させてくれるのです(脚注4)。

 この研究を一つの端緒にして、近年、多くの心理学研究が展開されてきました。それらをまとめると、ノスタルジアが果たす機能は大きく3つに分類されるようです(脚注5)。
 
 社会的結びつきの強化:親しい他者との思い出が想起され、他者とのつながりや帰属感、社会的サポートの認識(脚注6)、ひいては心理的安定や孤独感の低減へとつながります(脚注7)。さらに、寄付の意図を高めるなど、向社会的行動を促進することも知られています(脚注8)。
 
 自己の連続性と自己肯定感:自分が主人公となるエピソード記憶の想起に伴い、過去から現在、そして未来へと一貫したストーリーとして自己を再認識できます。上記の社会的つながり感とも相まって、自己の存在意義を見出し、自尊心や自己肯定感の向上につながります(脚注9)。
 
 実存的、人生の意味づけ:自分にとっての重要な出来事や大切な人とのストーリーを想起することで、人生の意味を認識し(脚注10)、死への脅威が低減されることも報告されています(脚注11)。

 これらの機能から分かるように、ノスタルジアは単なる過去への感傷ではなく、社会的サポート感や自己肯定感を通じて現在の心理的・社会的な健康を支え、さらには未来に向けて、新しい目標設定や挑戦への動機づけとなる重要な感情なのです(脚注12)。このようにして、ノスタルジアがユーダイモニア的幸福に寄与するというわけです(脚注13)。

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