マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #27

「なつかしさ」をマーケティングにどう応用する? 心理学の理論にもとづいて検討

 

マーケティングに関連した考察


 ノスタルジア・マーケティングは、どのようなタイミングや場面で有効なのでしょうか。ノスタルジアの適応的機能を考慮すると、心理的に困難な状況にある時代や消費者に対して、ノスタルジア関連の施策がより効果を発揮しそうです。実際、大規模な災害や経済のリセッション、あるいはコロナ禍のようなパンデミックのもとで、過去をなつかしむような商品・サービスや広告が広く用いられてきました。

 では、ノスタルジアと相性が良い・良くないカテゴリーはあるのでしょうか? たとえば、食品・飲料カテゴリーは、一般にノスタルジアと親和性が高いようです。特定の味や香りは記憶と強く結びついており、消費者が子どもの頃に食べた食品や飲料の記憶を想起させることで、強いノスタルジアを引き出せます。実際、少し古いアメリカのデータですが、テレビ広告でノスタルジアをもっとも頻繁に使っているカテゴリーの一つが食品・飲料だという報告もあります(脚注16)。もちろん応用の対象は広告だけでなく、昔懐かしい駄菓子や復刻版の飲料、クラシックな雰囲気のパッケージやネーミングなども含まれるでしょう。

 一方、洗剤など機能的な便益をうたう商材やカテゴリーの場合は、少し注意が必要かもしれません。古いものは直感的に効果が低く見積もられるリスクがあるので、最新のものであることをいかに含ませるかがカギになりそうです。

 また、個人的か歴史的かの分類の観点から検討すると、先ほどのF&Bカテゴリーは、特に個人的ノスタルジアのほうに比重がありそうです。過去の自分自身の実際の経験の影響が大きいからです。一方、ファッションやアクセサリー、インテリア・家具などで、特に若い世代をターゲットにする場合は、むしろ歴史的ノスタルジアのほうが効果的かもしれません。実際、Z世代の間で流行った90年代から2000年前後くらいのものは、直接的な体験にもとづくものではないはずです。

 あるいは、親世代にとっての個人的ノスタルジア、子どもにとっての歴史的ノスタルジアという形で、世代をまたいで異なるタイプのノスタルジアが影響しているのかもしれません。レトロゲームや玩具なども、そのような例に該当しそうですね。私の知り合いでも、子どもそっちのけでミニ四駆に夢中になっているオッサンがいました。個人的ノスタルジアが大いに関係しているのでしょう。

 いずれにしても、個人的ノスタルジアを活用する場合、ターゲットオーディエンスの年齢層や過去の経験を考慮して、その世代が幼少期に経験した出来事や文化を再現することや、彼らが共感できるようなストーリーや表現を使うことが重要です。一方、歴史的ノスタルジアを利用する場合、消費者が憧れる過去の時代や文化を強調します。たとえば、ヴィンテージ風のデザインやクラシックなスタイルの商品を提供することで、消費者の興味を引きやすいでしょう。まあ、当然のことではありますが…。

 顧客とのインタラクションにおいても、たとえば、顧客が自身のノスタルジックなエピソードを共有できる場を提供することで、ブランドとのエモーショナルなつながりを強化できるでしょう。SNS上での投稿やコンテストを通じて顧客の思い出を引き出し、それをブランドのストーリーに組み込んだりしてみたいですね。
 

さいごに


 以上のように、ノスタルジアは単なる過去への感傷ではなく、自己のアイデンティティや人生の意味を見出し、新しい目標設定や挑戦への動機づけとなる重要な感情なのです。この心理学的な役割を考慮することで、ノスタルジアはより強力なマーケティングツールとなり得ます。実践においては、個人的ノスタルジアと歴史的ノスタルジアを巧みに活用することで、より効果的な広告・コミュニケーション、商品開発、さらにはブランドへの愛着を深め、消費者の購入意欲を高めることが期待されます。

<脚注>
  1. Vaccaro AG, Kaplan JT, Damasio A (2020) Bittersweet: The neuroscience of ambivalent affect. Perspectives on Psychological Science, 15: 1187 – 1199.
  2. Wildschut T, Sedikides C, Arndt J, Routledge C (2006)
  3. “Nostalgia”という定期刊行されていた雑誌で、読者は主に米国とカナダの在住者。
  4. 川口 潤 (2014) 「第2章 人はなぜなつかしさを感じるのか」 楠見 孝 (編) 『なつかしさの心理学 ― 思い出と感情』 誠信書房 pp. 23 – 40.
  5. Sedikides C, Wildschut T (2018) Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22: 48 – 61.
  6. Hepper EG, Ritchie TD, Sedikides C, Wildschut T (2012) Odyssey’s end: Lay conceptions of nostalgia reflect its original Homeric meaning. Emotion, 12: 102 – 119.
  7.  Zhou X, Sedikides C, Wildschut T (2008) Counteracting loneliness: On the restorative function of nostalgia. Psychological Science, 19: 1023 – 1029.
  8. Zhou X, Wildschut T, Sedikides C, Shi K, Feng C (2012) Nostalgia: The gift that keeps on giving. Journal of Consumer Research, 39: 39 – 50.
  9. Sedikides C. et al (2016). Nostalgia fosters self-continuity: Uncovering the mechanism (social connectedness) and the consequence (eudaimonic well-being). Emotion, 16: 524 – 539.
  10. Reid CA, Green JD, Wildchut T, Sedikides C (2014) Scent-evoked nostalgia. Memory, 23, 157 – 166.
  11. Sedikides C, Wildschut T (2018) Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22: 48 – 61.
  12.  FioRito TA and Routledge C (2020) Is Nostalgia a Past or Future-Oriented Experience? Affective, Behavioral, Social Cognitive, and Neuroscientific Evidence. Frontiers in Psychology. 11:1133.
  13.  Sedikides C, Wildschut T (2019) The sociality of personal and collective nostalgia. European Review of Social Psychology, 30: 123 – 173.
  14.  Stern BB (1992) Historical and personal nostalgia in advertising text: The fin de siècle effect. Journal of Advertising, 21: 11 – 22.
  15. 牧野 圭子(2014) 「第3章 消費者行動研究からみたノスタルジア」 楠見 孝 (編) 『なつかしさの心理学 ― 思い出と感情』 誠信書房 pp. 41 – 65.
  16. Unger LS, McConocha DM, Faier JA (1991) The Use of Nostalgia in Television Advertising: A Content Analysis. Journalism Quarterly, 68: 345 – 353.
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