トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #21

鹿毛康司氏が語る、AI時代に求められるマーケターの真の役割

前回の記事:
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など手がけるコルク佐渡島庸平氏が語る、ヒットを生み出す自己理解
 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第11回は、日本を代表するマーケターであり、クリエイティブディレクターとしても活躍する、かげこうじ事務所 代表 マーケター クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏が登場。7月26日には新著『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)を発表。話題を呼んでいる。現在は森永乳業、ほけんの窓口、バーガーキングなどさまざまな企業のマーケティングとクリエイティブの支援を行っている。 Agenda noteでは「鹿毛康司、モダンエルダーを目指す」連載も担当している。同氏のこれまでの取り組みを深掘りするとともに、AI時代にマーケターが求められる能力や価値共創について詳しく聞いた。
 

AI時代に求められる、マーケターの役割


中村 本日は、鹿毛さんが考える「価値共創」について、いろいろお聞きしていきたいと思います。まずは、鹿毛さんの自己紹介からお願いできますか。

鹿毛 エステーでマーケティングや宣伝の責任者を20年やって独立。皆さん知ってる作品は消臭力CMだったりアンミカさんが魔女で登場するほけんの窓口CMだったりでしようか。企業のマーケティング戦略づくりからクリエイティブアウトまでの、例えばCMプランニングや曲づくりまで行っています。大学で人に教える仕事していて、グロービス経営大学院(MBA)は10年。2年前からは福岡県の筑紫女学園大学の客員教授になりました。女子大から急に話が来てびっくりしました。
 
かげこうじ事務所 代表 マーケター クリエイティブディレクター
鹿毛 康司 氏

 2020年、エステー クリエイティブディレクター(役員)を退任して現在にいたる。 早稲田大学商学部卒、ドレクセル大学MBA。現在は森永乳業、ほけんの窓口、バーガーキング、ベストコ(塾)会社など様々な企業のマーケティングとクリエイティブの支援をおこなっている。同時にグロービス経営大学院(MBA)教授として社会人学生にマーケティングを指導。2021年には著書「心がわかるとモノが売れる」で、マーケティングに必要なインサイトと人間理解論を実務家の視点で発表した。今年7月26日悩める若手マーケターを応援するためにと「無双の仕事術」を発表。マーケティング立案、特に時代に新しいコンテンツマーケティングやファンマーケティングも得意とする。クリエイターとしてもCMプランナー/監督/コピーライター/作詞作曲などもこなす。2011年の東日本大震災直後に手がけた「消臭力CM」は好感度日本1位を獲得)。ACC Gold、マーケターオブザイヤー(MCEI)、WEB人貢献賞など受賞。

中村 それは驚きそうです。そのような仕事もされているんですね。学生さんに教えているんですか。

鹿毛 それが担当科目がなくて。なんか悪いので広報活動おてづいしましょうかと。

中村 どんな仕事ですか。

鹿毛 はい、女子大は年々志望者数が減っていますから、それをマーケティング視点で解決できないかと。

中村 クリエイティブもやられるのですか。

鹿毛 「筑女ミュージカル」と題して、学校紹介をミュージカル風にして動画を作ってみたり。予算少ないので監督、作詞作曲も担当させてもらってつくりました。ぜひ一度、その曲を聴いてください。
 

補足:鹿毛氏が筑紫女学園大学のミュージカルを制作したときに、AIに歌ってもらった音声(女性Ver)

実はこれ、歌っているのAIなんです。音楽づくりのパートナー宮井さんが突然これを送ってきたんですよ。

中村 えっ、本当ですか?

鹿毛 本当です。男性が歌っているバージョンもあります。今のAIはここまで来ているんですよ。最新的には歌の上手い学生さんに歌ってもらいましたが。

補足:鹿毛氏が筑紫女学園大学のミュージカルを制作したときに、AIに歌ってもらった音声(男性Ver)
  最終的に、筑紫女学園大学の生徒に歌ってもらった映像

中村 AIと人間を比べれば、やはりAIの方が平坦で、うまいけれど伝わるものはないような気がします。今はクリエイティブや分析にもAIが使われていますが、AI時代に求められるマーケターの能力は何だと思われますか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

 慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

鹿毛 この記事を読んでいただける方が、マーケターと聞いて思い浮かぶ仕事はたぶんバラバラだとおもうんです。だから、まずは話を進めるためにマーケティングの定義を揃えても良いですか。米国マーケティング協会の定義を使わせていただきますね、

「マーケティングとは、顧客、得意先、パートナー、そして社会一般にとって価値ある提供物を想像し、伝達し、交換する活動であり、一連の制度であり、プロセスである」と。

つまりはマーケターの仕事は、「世の中に価値をつくって、消費者、パートナー、社会に喜んでもらう全ての活動」をする人だとなります。AIに置き換えられるのは、その中のオペレーション部分になるでしょうね。

中村 具体的にはどんな仕事だと思いますか。

鹿毛 たとえば、データ分析してコンバージョンをあげる作業。たとえば、効果的なリーチを作るためのメディアの打ち方をプランニングする作業。もちろんマーケティングをすすめる上で非常に大切なことではありますが、必ずしも人間がやる必要ではない作業の部分が多い領域です。かなりの部分はAIに置き換えた方がよいとおもいます。

中村 AIに置き換えられない部分はどこだと思いますか。

鹿毛 どのように分析するかというディレクションを出すのは人間の領域です。ただ、ディレクションもそのうちAIが出せるようになると考えます。そうなってくるとまたAIが気づかない視点を持ってディレクションをする。そういうことなんだろうと思います。

中村 クリエイティブ領域はどうでしょうね。

鹿毛 先ほど音楽を聞いていただいたようにAIが見事に歌ってくれる時代がきました。たとえば、デモ音源をつくるにしても、AIと一緒にちょっとした修正も簡単にできる時代です。これはすごいですよね。

画像や映像もそうだとおもいます。ただ、そのクオリティが上がれば上がるほど、我々人間も高いクオリティを求めるようになります。AIと仲良くしながらギャップを見つけ、最適な判断をすることが人間の役割になるでしょう。そこにサプライズを生み出すのは人間の力だと思います。

中村 ディレクションを出せるマーケターですか。

鹿毛 先ほど中村さんが「AIの歌は伝わるものがない」と見事に言い当てられたように、人の心を繊細に汲むことができるのが人間です。マーケティング領域でも、その視点を持つことが重要になるんでしょうね。

中村さんにぜひお聞きしたいのですが、AIは一体どこまで人の心を見抜けると思いますか。
  

中村 人の心を論理的に分析して解釈することは、おそらくできると思います。ただ、人の気持ちに寄り添って共感を生んだり、相手が思ってもみないことで意表をついてサプライズさせたりということは、まだできないのだろうなと思います。

特に「心に響く」ということは、自分が予想していることを超えた時に起こると思います。脳科学的にいうと、予測誤差の範囲内の出来事ではおそらく心に響かないため、たとえば、音楽であれば、AIがこんなに歌えるようになったというサプライズはあっても、歌そのものが自身の予測を超える形で心に響くというところまでは至らないのかなと感じています。

鹿毛さんがご著書で言われている「心のパンツを脱ぐ」みたいな話(※)は、まだAIではできない気がしていますが、その手前のSNS分析などはできると思います。

鹿毛 そうですね。その手前の段階であれば、AIでもほとんどできますね。

(※)心のパンツを脱ぐ:お客さんのインサイを探る前に、自分でも気づいていない感情に気づくために、まずは自分の心を徹底的に洞察すること。

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