トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #21

鹿毛康司氏が語る、AI時代に求められるマーケターの真の役割

 

アメーバ組織で共鳴と共振を生む


中村 ところで、「価値共創」という概念を踏まえるとマーケティングのあり方も変化する必要があるとも言われています。テレビと店頭の時代からマーケティングに携わってきた鹿毛さんから見て、現在のマーケティングの変化をどのように感じていますか。

鹿毛 「マーケター」を名乗る数が100倍増えたような気がします。その仕事内容も種類も増えた感じです。

中村 確かにそうですね。昔のマーケターは、どのような感じだったのでしょうか。



鹿毛 昔は一部のコンセプトメイキングするような人がマーケターだった印象です。ただ、マーケティングの定義も変わったように、昔は商品をつくってモノを売る仕組みと言っていたのが、皆を幸せにするためのすべての活動となりました。それによって、商売をする皆がマーケターといえるようになりましたよね。

中村 マーケターの幅が広くなりましたね。最近は、お客さまとともにつくるという視点も大事になっていますよね。

鹿毛 今回のテーマである「価値共創」ですね。

中村 はい、「価値共創」という観点で、鹿毛さんが感じられている変化はありますか。

鹿毛 実例を示しますと、一番変わったのは、化粧品業界ですね。私が学生時代に憧れていた資生堂の宣伝は、綺麗な女性が登場して、それに皆が憧れ、CMソングがヒットし、世の中の文化をつくり、そこに皆が集まるというものでした。

でも、今は美容系のYouTuberの動画を見て、そこに共鳴しながら、化粧品が選ばれているんです。そもそも昔は化粧の話はタブーでできなかったのですが、今は普通にしていますよね。

中村 確かにそうですね。「宣伝が文化をつくる」という表現が面白いですね。昔と今で、文化のつくり方は違うのでしょうか。

鹿毛 昔の文化は、一部の人が指揮して、そこに皆が集まっていました。美しいものはこれだと一部の人が示し、そこにみんなが美を求めて集まってくるような構図です。

今は、消費者それぞれが美を決めて、アメーバのようにうごめいて、たくさんの塊が文化をつくっていく。複雑な構図が出来上がっていて、その中に企業はどうやって仲間に入れてもらうのかという課題ができてきたと思います。

あまり良くないやり方も見られます。企業が「こんにちは」とそのアメーバーの中に土足で入っていって、札束を振り回すようなコミュニケーションです。うまくいかないと、今度は景品や特典をつけて力づくで共鳴らしきものを勝ち取ろうとする行為です。

たとえばそのようなSNSでの拡散は、“ニセ”拡散であり、共鳴ではありません。共鳴は、あるアメーバが振動したら、それに反応して別のアメーバも振動し、さらに別のアメーバも振動していくと、続けて振動していくことだと思います。

中村 きちんと共鳴した場合は、重心が動く感覚がありますもんね。ただのバズの場合は、一瞬だという気がします。アメーバという表現は、非常に面白いと思います。

鹿毛 昔のマーケティングはどこか、予算をもっている企業が強かったんですよね。よい商品を定義して、テレビや新聞などのマスメディアを使えばよかった。少々マーケティングを間違えていても力技で押し切ることができました。だから、お金がある企業が、マーケティングが上手会社だといわれた時代もあったのではないでしょうか。

中村 その中でエステー時代の鹿毛さんは、お金を使わずに戦っていたイメージがあります。



鹿毛 そうですね。競合の消費財メーカーさんたちはとにかく予算をたくさんお持ちでした。マスコミュニケーションが中心の時代ではなかなかチャンスをつかむことは難しかったでしょう。ただ、時代が変わりました。予算をもっていない企業もお客様と一緒に何かをやれる時代がやってきて、そこにチャンスがあるとおもいました。というよりも「そこ」しかチャンスは無かったんです。ちょうどFacebookが誕生した2004年頃です。

テレビCMというマスは使いつつも、放送金額の10倍20倍の効果を出すやり方があるんじゃないかとチャレンジしたわけです。最初に着手したのは、ブログを書いている人と仲間になることでした。当時はSNSはあまり使われていない時代です。

当時、ブログで、私がつくった消臭力のテレビCMを面白がっている人たちがいました。そこでWebサイトに動画のページをつくり、そのテレビCMの面白さをどのように生み出しているのかを間接的に発信しました。それを見たブロガーさんが新たに記事をかいてくれて、それがテレビや新聞に取り上げられるという流れをつくりました。そういうことで放送量を桁違いにカバーする作戦に出たんです。

中村 今の時代で言えば、インフルエンサーやYouTuberを巻き込んでいるようなものですね。

鹿毛 まさしく同じ構図です。今となっては当たり前のやり方を、なぜか2004年から取り組んでいたことになります。

2007年にTwitter(現X)が出てきた時は我が意を得たりです。時代が後ろから支援してくれるようになります。大きく花開いたのは、2011年の東日本大震災直後に放送した消臭力CMのときです。

震災復興の気持ちを込めたCMが一夜にして共鳴が共鳴を呼び日本中のたくさんのアメーバが絡み合って、CMを超えた一大ムーブメントがおきました。消臭力の売上シェアは1位になるし、副産物としてもエステー始まって以来、CM好感度で日本1位にもなりました。



中村 鹿毛さんのお話は、「共鳴」や「共振」という呼び方が近いですよね。意図的にアメーバが共鳴してくれるようにして、それが多くの人に渡り共に振れていくので、大きなうねりができ、結果につながるといったような感じだと思います。

鹿毛 そうかもしれないですね。だからSNSが登場したときは、私の欲しかったものが手に入った感覚でしたね。

中村 では20年ぐらい、お客さまと「共鳴」や「共振」するような形のマーケティングをされていたんですね。

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