マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #29

「ピッカピカの1年生」「プリプリの海老」 感覚間協応が顧客のインサイトを刺激する

 

経験によって形成された普遍的な現象


 感覚間協応の特徴として個人的にとても興味深いと思うのは、多くの事例が極めて普遍的で個人差が少ないことです。

 たとえば、先ほどのブーバキキ効果を日本語も含む25の言語で調べた研究では、文字の記述の仕方(正書法)によらず、同様の効果が報告されています(Ćwiek et al. 2021)。音の高さと視覚的な明るさの協応においても、4歳の子どもと大人の両方で、8割以上の人が「高音–明るい,低音–暗い」という対応づけをしたそうです(Marks et al, 1987)。

 ただし、それらは生まれ持って最初から共有されているというわけではなく、大半は、生後の発達を通した経験・学習によるもののようです。たとえば、4歳の子どもから19歳以上まで各年齢にわたって、音、手触り、匂いの間のさまざまな感覚間協応を調べた研究によると、19歳以上で共通して見られた現象でも、その傾向が始まるタイミングはまちまちで、4、5歳くらいではほぼ見られなかったと報告されています(Speed et al. 2021)。

 一部にみられる文化的違いからも、感覚間協応が経験や学習によるものであることが示唆されます。たとえば、色つきのジュースの風味の予測では、台湾とイギリスで違いもありました。赤いジュースでは台湾はクランベリー、イギリスではチェリーやストロベリーの風味が連想され、一方で青っぽいものは、台湾ではミント、イギリスではラズベリーが最も多く回答された風味でした(Shankar et al. 2010; Spence 2015)。
 

 感覚入力につながる情報の大半は、物理現象、つまり普遍的なものなので、大半の人間が同様の経験を繰り返すことで、国や文化によらない普遍的な感覚間協応につながるのでしょう。一方で、食べ物などは国によって違いもあるので、一部の感覚間協応については、文化間の違いが出るのだと考えられます。その場合でも、同一の国のなかでは多くの人に共通していることが、感覚間協応の特徴です。

 いずれにしても私たちにとって重要なのは、経験・学習によるということは、ブランドや広告コミュニケーションで大いに活用できるだろうということです。たとえば、サウンドロゴを聞いただけで、ブランドやそれにまつわる情報が瞬時に思いつくものって、たくさんありますもんね。
 

多くの人に共有されているのに、多くの人が気づいていない


 普遍性のほかにもう一つ重要だと思うのは、感覚間協応は必ずしも意識的な感覚を伴わないという点です(Deroy and Spence, 2013; 浅野, 2018)。たしかに、丸みのある形を見るたびに甘い味が意識に上ったり、高音を聞くたびにモノが上に位置するように知覚したりする人はほとんどいないでしょう。

 しかし、いざ問われてみると、多くの人が共通してそのように感じるのです。気づいていないけれど、知らないままに多くの消費者のなかに共有されている。これは、いわゆるインサイトとも関連が深そうに思いませんか?

 たとえばこの連載では、かなり前(参考:マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか )ですが、インサイトについて、(1) 消費者自身も気づいていない(少なくともうまく言語化できない)ことと、(2) 多くの消費者の間にすでに共通して存在していることの2点を満たす購買動機として話を進めました。

 特に(2)があるからこそ、ひとたびインサイトが明らかになると「あ、そうか!」とみんなが膝を打つ、コロンブスの卵のような感覚が得られるのでしょう。もちろん今回の話題は購買動機とは少し違うので、直接的にインサイトの話ではないと思いますが、共通した特徴が多いように思うのです。

 たとえば、かき氷のシロップで、味は同じでも色だけ変えておけばいいんじゃない?と最初に思いついて実行してみる。あるいは、えびを「ぷりぷり」と表現してみるなど。「ぷりぷり」は冷凍食品のテレビCMがきっかけとも言われているようですが、いずれにしても、それらは感覚間の協応の上に成り立っていると思うのです。たしかにプリップリという響きと食感は一致している感じしますが、言われるまでは、少なくとも私には思い至りません。

 もう少し具体的な例で、日立ルームエアコンの「白くまくん」も、北極の氷の上にいる白くまのイメージと涼しさが協応しそうです。エアコン自体の白さ、白色の持つ清潔感とも相まって、長く愛されているように思います。Webサイトによると、1975年の初代から始まり、現在の白くまくんは8代目だそうです(脚注1)。

 あるいは広告コミュニケーションにおいて、たとえば、あの有名な「ピッカピカの一年生」。たしかに小学校一年生(特に当時の)で四月なんてもうピッカピカですもんね(ピカピカではなく)。くどくど考えて説明するより、感覚間の協応のほうが明確に共有できる例だと感じます。

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