マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #29
「ピッカピカの1年生」「プリプリの海老」 感覚間協応が顧客のインサイトを刺激する
2024/09/03
感覚間協応の分類による考察
私の独創性では、なかなかそんな素敵な協応関係に思い当たることはなさそうなので、せめて、その協応関係の背景を探ることで、何らかのヒントを提供できればと思います。たとえば、この分野の研究で有名なオックスフォード大学のCharles Spence教授は、感覚間協応を以下の4つに分類して、異なる基盤メカニズムがあるのではないかと考察しています(Spence, 2011; Velasco et al. 2015)。
1. 構造的協応 (Structural Correspondences)
構造的協応は、私たちの脳が感覚情報を処理する際の神経システムの特性に基づいて生じるものです。たとえば、刺激の強度が増すと、どの感覚モダリティでも神経の発火が増加します。大きな音でも、明るい光でも、ニューロンの発火活動の増加という(ある意味で)共通したことが起こるから、それによって感覚間で共通する対応関係がうまれるのだろうということ。
2. 統計的協応 (Statistical Correspondences)
統計的協応は、頻繁に一緒に現れる感覚の組み合わせを自然に学習することで生じます。これは、環境中で頻繁に共起する感覚刺激が脳内で関連付けられることによって形成されます。たとえば、物体が重いと見た目がしっかりしていることが多い、というような環境の特徴を脳が覚えることで、異なる感覚間での対応が形成されます。このタイプの協応は、私たちが日常的に経験する世界の法則性を反映しています。
3. 意味的協応 (Semantically Mediated Correspondences)
意味的協応は、感覚刺激が意味的な関連性によって結びつく現象を指します。たとえば、滑らかな音楽と滑らかなテクスチャの食品が関連付けられる場合があります。同様に、「音が高い」「位置が高い」といった表現は、異なる感覚に対して同じ「高い」という言葉を使います。これらが、異なる感覚の間に自然な結びつきを生み出すだろうというわけです。
4. ヘドニック協応 (Hedonic mediation of Correspondences)
ヘドニック協応とは、快楽や不快感などの感情的な反応に基づく感覚間の関連性を指します。たとえば、心地よい音楽が美味しいと感じる食品と関連付けられる場合があります。この種の協応は、感覚刺激がもたらす快楽や満足感によって媒介され、個人の感情的な経験や嗜好に強く依存しています。このため、感覚の組み合わせがポジティブな感情を引き起こすと、両者が結びつきやすくなります。
ただし、これらは互いに排他的ではなく、複数の分類に当てはまるような事例も多く存在するものと考えられています。言われてみると、4月の1年生は統計的にも意味的にも感情的にもピッカピカということなのかもしれません。
ともあれ、いつも通り、この記事のどこかの部分が何らかの参考になれば幸いです。
<脚注>
<文献>
浅野倫子 (2018) 共感覚と音象徴からのぞく認知処理間の潜在的な結びつき. 基礎心理学研究, 37: 57-64.
Ćwiek A et al. (2021) The bouba/kiki effect is robust across cultures and writing systems. Phil. Trans. R. Soc. B 377:20200390.
https://doi.org/10.1098/rstb.2020.0390
楠見孝、米田英嗣 (2007) 感情と言語 藤田和生(編)感情科学の展望 (pp. 55–84) 京都大学学術出版会
Mogensen MF, English HB (1926) The apparent warmth of colors. The American Journal of Psychology, 37: 427–428.
Ramachandran VS, Hubbard EM (2001) Synaesthesia: A window into perception, thought and language. Journal of Consciousness Studies, 8: 3–34.
Sapir E (1929) A study in phonetic symbolism. Journal of Experimental Psychology, 12: 225–239.
Shankar MU, Levitan CA, Spence C (2010) Grape expectations: The role of cognitive influences in color–flavor interactions, Consciousness and Cognition, 19: 380-390.
Speed LJ, Croijmans I, Dolscheid S, Majid A (2021) Crossmodal associations with olfactory, auditory, and tacktile stimuli in children and adults. iPerception, 12: 1 – 34.
Spence C (2011) Crossmodal correspondences: A tutorial review. Attention, Perception, and Psychophysics, 73: 971 – 995.
Spence C (2015) On the psychological impact of food colour. Flavour, 4: 21.
Velasco C, Woods AT, Deroy O, Spence C (2015) Hedonic mediation of the crossmodal correspondence between taste and shape. Food Quality and Preference, 41: 151 – 158.
Walker P, Francis BJ, Walker L (2010) The brightness – weight illusion: Darker objects look heavier but feel lighter. Experimental Psychology, 57: 462 – 469.
- 他の連載記事:
- マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか の記事一覧