社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #05

共感が希薄な時代、マーケターが追求すべき「他者への関わり」と「価値の創出」【LIFULL篠崎亮氏】

 

価値は生活者に見つけてもらう


 住まい選びにおいても「身近」であることは重要な要素です。これは物理的な「距離の近さ」とか、利便性とは、少し違う話です。

 確かに、家賃は街によって平均値が異なりますし、特に駅に近いかどうかは、家賃に関わるだけでなく、立ち寄るスーパーなどの日々の生活コストも変動させ、買い物のチャネル、外食の選択肢、子どもの習い事などの行動様式を決定づける、重要な要素です。

 しかし一方で、家賃が定められていても、住まいを探す人が内見などで住居を検討する段階では、付近の環境が持つ価値が、家賃や価格に見合うかどうかを判断できない場合も多いでしょう。それは、住まいがまだ「身近」に感じられていない証拠です。

 では、顧客はどうやって、まだ住んでいない場所を「身近」に感じて、価値を判断しているのでしょうか。私自身の経験を例に振り返ってみます。

 東京都台東区の谷中銀座商店街の近辺には「夕焼けだんだん」と呼ばれる階段の景観がありました。住まい探しの際、私はその景観を初めて見ましたが、下町情緒のある光景に「情緒価値」を感じて、「身近」に思い、住まいを決定しました。その後、より買い物や交通の便を意識して「機能価値」を重視したエリアに引っ越したのですが、その住まいもまた、窓から富士山が見えるという情景に、「情緒価値」を感じて、「身近さ」に思い決定したのです。



 つまり、住まいの価値とは、価格の要因となる「駅との物理的な近さ」で決定づけられるのでなく、景観や空間を「身近」に感じて自分自身にとっての「意味」を見出すことで、はじめて価値が生まれるのです。

 では、マーケターの視点で、生活者の商材を「身近」に配置して、「意味」を見出してもらうための仕掛けとはどんなものでしょうか。

 私が広告会社で働いていた時のチームでは、ランドセルのマーケティングで、小学校6年間の荷物の変化に対応する多機能型ランドセルの企画から、マチの広さが可変する機能を「みらいポケット」としてPRしました。この商品と施策の背景には、「ゆとり教育」から脱して社会実践型教育へと変更になることに伴い、タブレット端末や水筒等の荷物が増え、ランドセルに入りきらない荷物で両手が埋まってしまうことによる、児童の安全性への懸念などがありました。

 商品以前の問題として、この社会的変化や懸念こそが、子どもを持つ親にとって「身近」に感じる話題であり、商品に「意味」を見出してもらう根拠でもありました。実際、ニュースなどでも取りあげられて話題になり、展示会で会う親御さん同士が、子どもが安全に通学できる必要性を話す姿も見かけました。
  
「総合的な学習の時間」等のゆとり教育本格化に合わせ、イオンが2001年に初めて展開した24色のランドセル。右は「かるすぽ」でマチが伸び縮みする「みらいポケット」。トラディショナルな商品であっても社会情勢を反映して、現在まで進化を続けている。

 また、私が現在マーケティングに従事するLIFULL HOME'S(ライフルホームズ)では、ファミリー向けのイベントやショッピングモールで「LIFULL HOME'S マイホーム相談会」を実施しています。住宅の購入を検討する方が、その場で希望にあった不動産会社さんに直接相談できる不動産・住宅情報サービスのリアル版とも呼べる企画で、親御さんが子ども向けの情報収集や買い物をする中に住宅の消費も連続性を持たせ、「身近」なものとして溶け込み、消費行動の新たなきっかけを創出することを狙いとして実施しました。
 

 時代の関心事や経験の「身近」の中に、一つなぎで理解できる文脈で、商材やサービスを仕掛けて「意味」を見出してもらう。そのためには商品の仕様やサービスそのものが仕掛けとなるよう介在することも必要です。

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