社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #08
「資本主義とマーケティングの瓦解」に立ち向かう「問い」の技術と「社会の仕組みづくり」【LIFULL篠﨑亮氏】
不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」を運営するLIFULL(ライフル)で、生活者の住まい探しと住生活に関わる不動産会社や自治体のマーケティングに取り組む篠崎亮氏が、時代の変化に伴う消費者や商品・サービスの動向を読み解き、未来を拓くマーケティングのあり方を模索する本連載。
経済不況とAI技術の急速な進化が重なり合う激動の時代。第二次世界大戦後の復興期に日本へと流入し、歴史を紡いできた資本主義と近現代マーケティングの概念的関係性が揺らぎ始めている。こうした変化の兆しを踏まえ、マーケターがこれからの時代を生きるために必要な技術と方針の選択について、第8回・第9回の2回にわたって、実務家の立場から提案・解説する。
経済不況とAI技術の急速な進化が重なり合う激動の時代。第二次世界大戦後の復興期に日本へと流入し、歴史を紡いできた資本主義と近現代マーケティングの概念的関係性が揺らぎ始めている。こうした変化の兆しを踏まえ、マーケターがこれからの時代を生きるために必要な技術と方針の選択について、第8回・第9回の2回にわたって、実務家の立場から提案・解説する。
時代に求められる「問いと目的の技術」
まずAIの浸透と紐づけられ、マーケターという職種が未来に存在するかどうかは、本連載をご覧いただく方にとって関心の高い事柄かと思います。日本経済新聞のWeb記事(2025年11月22日)によると、就活生向けの調査で「商品企画・マーケティング」について「雇用が減ると思う」と答えた割合は6.1%でした。AIの利用頻度が高い学生ほど、雇用の減少予測や志望業界の変更を示したとあり、実際にマーケターとして働かずとも変化を感じる層が一定いるとわかります。そして、事業の現場にいる方にとっても、マーケターという職種は役割が分業化され、肩書も細かく分かれており、この中で「AIによる代替がイメージしやすい領域」は、AI活用の最新情報を拾えていれば、自然と頭に浮かぶものと思います。
たとえば、デジタルマーケティング領域ではGoogle広告のP-MAX(パフォーマンス最大化キャンペーン)でGoogleの複数のチャネル(検索、ディスプレイ、YouTube、Discover、Gmail、マップなど)へ広告を配信し、AIが入札・ターゲティングなどの運用を自動で最適化することが一般的になり、運用面の効率化が実現されています。また、サイトの制作においても「Claude AIアシスタント」や、2025年11月にリリースされた「Gemini 3」「Nano Banana Pro」を通して構築や画像の制作、バナーのリサイズまで実現できる状態となり、今後は音声や動画にも拡張していくと案内があります。
オフラインのメディア領域でも、リテールメディアでAIによる顧客分析に基づく配信最適化が実装され、マス領域で少額・運用型広告が登場する中で、AIによる最適化もいつ始まってもおかしくありません。そして私自身、分析・戦略領域に携わる時間が長いですが、Google CloudでSQLを入力する際、Cloud AssistとしてGeminiの補助する機能を確認しており、外部の一次情報取得でも「Perplexity」「Google NotebookLM」を活用することもあります。
実際にはビッグデータの数値背景を紐解き、AIで取得した外部情報はヒント程度に捉えて精査し、書籍や研究論文等の文献全体の確認や、ロジックやナラティブの中で落とし込めるかの思考を通して初めてアウトプットに至ります。しかし、正しく問題を定義して課題を抽出する上で、MECE(漏れや重複のない論理的思考)にアプローチするためのプロセスのひとつとしてAIを活用することは、2025年で日常的なものとなりました。
挙げた事例の中でもAIが「代替」する領域、「補助」する領域で違いはありますが、間違いなく言えることは、マーケターの仕事はいま現在変化しています。こうした中で、 代替のできない役割としていかに介在価値を生み出すか。まず最低限、必要なのは「問いと目的を立てる技術」だと考えます。
高品質な結果を得るためにAIへの指示文を体系的に設計する「プロンプトエンジニアリング」という技術領域も生まれていますが、そういったAI活用以前に、ビジネスに携わるものとして「なぜ」という深い洞察を持って、自分の言葉や数式で伝達できることは、消費者・顧客・社内の人々・AIといった、すべてのステークホルダーの行動・出力を生み出す源泉となります。

問いを立てるときに、ビジネスにおける問題は、自社を取り巻く条件によって変容します。ここで言う条件とは、自社の事業状態だけでなく、消費者のインサイト・顧客の事業状態・経営の意思でもあるし、さらには、これらを司るマクロな社会変化も含まれます。
VUCA時代と呼ばれてから15年ほど経ち、経済回復が見通せない中で度重なる災害に見舞われ、多様性支持の声やSDGsのような地球環境の持続可能性を目指す発信は一時期盛り上がりを見せましたが、現在は減衰しています。このように、かつてないスケール・スピードの社会変化は生活者を無意識下で変化させ、その変化がときにニュースや事象として顕在化する。そのサイクルの中で、「消費行動の変化を生む」という成果に責任を負い、企業の中で消費者に近い立場で思考してきたマーケターは、その経験を生かして経営や事業・商品の企画等の各領域で優れた「問い」と洞察を示し、領域を越境して事業を生む・成長させる力を示すことが、必要不可欠になったと考えます。そして、マーケティングという概念が日本にもたらされて半世紀以上がたちますが、今ほど、この力が求められた時代はなかったのではないでしょうか。
『問いの立て方』(宮野公樹著、筑摩書房)「いい問い」とはどのように立てられるか。問いの前提を不変・本質の領域まで突き詰めて考えることの重要性について解説。事業の問題を疑い、正しくマーケティング指針を立て合意を得るために必要な思考と通じる。
「ゲーム・チェンジャー」が置き去りにしたもの
先に述べた通り、条件を司るのはマクロな社会変化です。たとえばいま、消費者は「格差」の中で生きています。2026年1月1日にアメリカでは、家賃の値上げ凍結や無料バスの運行・保育の無償化など、生活費の負担軽減といった公約を武器に選挙を戦った「民主社会主義者」を自称するゾーラン・マムダニ氏がニューヨーク市長に就任しました。コロナ禍にアメリカなどで注目されたベーシック・インカムについても、AI時代のリーダーたちによる「構造的な失業」を予言する発言に先導され、「支援を必要とする層に現金を渡した場合、労働意欲や健康にどう影響するか」を測定する実証実験と、セーフティネットとして機能するかの議論が再燃しています。
また、生成AIブームの熱狂とは裏腹に、AIそのものによるビジネス収益で成功している事例はあまり聞きません。OpenAI社にはマイクロソフトやディズニーが巨額な出資を行っていますが、投資回収の実現性には疑問の声もあり、莫大な運営コストを抱える中でサブスクリプション収入では採算が取れず、広告モデルへの転換も「エンシッティフィケーション(劣化)」を招くリスクがある状態です。
AI時代をリードするOpenAI社が社会倫理性を備えた非営利企業活動のNPO法人として求心力を持たせ、優秀な技術を集めて発展を遂げてきたことは第7回でも触れましたが、創業者のサム・アルトマン氏が更なる発展のために商業化を実現させようとした際には、OpenAI社の理念を守ろうとする理事会に解雇されてしまいました。実際には、全社員の約95%が「アルトマンを戻さなければ全員辞める」という署名活動を行い、5日で会社に戻ることとなったとのことですが、自社で運営コストを賄える見通しを持って事業運営が行われているかはわかりません。ちなみに、OpenAI社を立ち上げたメンバーは、より高い安全性を求めた「Claude」をつくりだしたAnthropic社に籍を移しています。
Googleが検索サービスとして不動の地位を築き、Amazonは消費チャネル・リテール業界に改革を起こし、両者はスマートスピーカーで消費者の生活に入り込んで消費をコントロールしようと努めてきました。この答えのひとつとして新たなイノベーションを起こし、目的を達成したのはAIです。App Store公式の2025年無料アプリランキングの1位はChatGPTで、第42回「新語・流行語大賞」ではChatGPTの愛称「チャッピー」がノミネートされました。そして、Google検索に実装されたAIモードが個別のサイト・ページを探す行動を無くし、チャットの中で消費者により確からしい解決策を示すようになったことで、サイト訪問者が減って事業影響を受けているという声も耳にするようになりました。「ビジネスのルールを変える」側でいることの重要性は、本連載の第6回で書いた通りです。受動側にいれば対応に追われることは免れず、第2回で述べた「備え」も無ければ、事業は衰退・縮小に追い込まれます。
しかし、消費者により近く深い接点を押さえるマーケティングの「仕組み」でビジネスの勝者となることを追求してきたゲーム・チェンジャーたちは、この目的を達成する一方で、より根本にあるはずの経済学が説く「見えざる手」が表す、自由競争を通じて豊かな社会を実現する原理を忘れ、消費者の経済的な「豊かさ」を置き去りにして、富を独占しようとしているように見えます。マーケティングと、資本主義の自由競争と、「豊かさ」との概念的関係性は、海の向こうで瓦解し始めているというのは、言い過ぎではないでしょう。
「正しさ」と「豊かさ」が共存できる社会の仕組みをつくる
現在の日本も「下流社会」と呼ばれ、格差は広がり、銀行・証券・クレジットカードの各社が3億円以上を保有する富裕層をターゲットとして重視する記事が上がっています。しかし、自社のビジネスが一部の富裕層向けでない場合に、円安に見舞われる一般の消費者とどのように向き合っていけばいいのでしょうか。
考える糸口は、GAFAやOpenAI社がリードする経済的な豊かさを実現できていない社会に「問い」を持つことだと思います。そして、ChatGPTが社会倫理性という旗印で求心力を得たことをヒントに、「正しさと豊かさが共存できる社会の新たな仕組みをつくること」を目的に置き、異なるゲーム・チェンジャーとして社会をリードして活性化できるビジネスモデルを生み出すこと。それがマーケターに選択できる方針のひとつだと考えます。
商品を売って競合に勝つことだけが目的では、社会変化に耐えられずビジネスを先細りさせるリスクがあります。未来に会社や事業を生存させるには、商品や体験を売ることが、同時に社会経済の活性化につながる意義があるものか、見直してみるといいかと思います。
本稿はビジネスやマーケティングをめぐるマクロな社会変化と、その中で求められている「問いと目的」の重要性を考えました。次回はこのAI時代に、マーケターがどのような「消費者の心の変化」を捉え、どのような価値提供を目指すべきか、未来に向けて採るべき方針を考察・ご提案したいと思います。
※編集部注:記事内で紹介した書籍をリンク先で購入すると、売上の一部がアジェンダノートに還元されることがあります。




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