社会変動を紐解き、マーケティングで時代を拓く #09
AI時代、消費者を蝕む「心の脆弱化・空洞化」 この中でブランドの価値を社会に還元し、未来を拓く重要性【LIFULL篠﨑亮氏】
2026/02/10
不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」を運営するLIFULL(ライフル)で、生活者の住まい探しと住生活に関わる不動産会社や自治体のマーケティングに取り組む篠崎亮氏が、時代の変化に伴う消費者や商品・サービスの動向を読み解き、未来を拓くマーケティングのあり方を模索する本連載。
第8回の記事で触れた、資本主義と近現代のマーケティングの概念的関係性の瓦解を背景に、第9回では消費者の内在的な変化を考察し、マーケターが未来に生きるために必要な方針の選択について、実務家の立場から提案・解説する。
第8回の記事で触れた、資本主義と近現代のマーケティングの概念的関係性の瓦解を背景に、第9回では消費者の内在的な変化を考察し、マーケターが未来に生きるために必要な方針の選択について、実務家の立場から提案・解説する。
消費者の「心の脆弱化・空洞化」
長期に渡る経済の低迷から生まれた消費者の内在的な変化のひとつとして、「心の脆弱化・空洞化」があげられます。2025年8月に「ChatGPT-5」がリリースされたとき、従来モデル「GPT-4o」の復活を求め、SNSでハッシュタグ「#keep4o」が世界的にトレンド化しました。その理由はさまざまですが、「温かさや親身さが減った」といった声が多く見られたことに驚いたのは、筆者だけではないでしょう。AIの返答に影響を受けた自殺も報じられましたが、実際、AIユーザーの3割以上が「心の悩み」をAIに相談していると推定されるという調査結果も確認できます。
「確率的オウムの危険性(On the Dangers of Stochastic Parrots: Can Language Models Be Too Big? )」と題されたエミリー・ベンダー氏らの論文では、AIは言葉の意味を理解して「真実」を述べているのではなく、膨大なデータから「単語の次にどの単語が来る確率が高いか」を計算して、もっともらしく(Plausible-sounding)文章をつないでいるに過ぎず、それを受け取る人間側の心理を「意味があるという錯覚(Illusion of meaning)」と表現して、AI利用の危険性を指摘しています。AIは、生活者が心の不安解消や自己承認を求める状態のまま利用が浸透していて、この倫理観と責任が、OpenAIやGoogle、Xといった、米国に本拠地を置く一部企業に委ねられている現状は、砂上の楼閣のように心許なく感じられます。
『自己啓発の罠:AIに心を支配されないために』(マーク・クーケルバーク著、青土社)AIが駆動する知識が、望みとは逆に自己のコントロールの喪失および他律性へと導くことに触れる。対して、チャンスがあるとすれば「人間自身の強化」だと言及。2011年3月の東日本大震災以降に業績を上げた脱毛サロンが2025年には相次いで倒産したり、コロナ禍で大ヒットした免疫対策の乳製品飲料が業績悪化したりといったニュースに見られるように、第1回で述べた「生存本能」と「つながり」において、身体が強く・美しくなることで精神の安定を獲得して脅威に立ち向かおうとする「生存本能」が、長く続く経済不況と度重なる社会変動に疲弊して弱まり、「つながり」を望む心だけ残り、いまでは「心の脆弱化・空洞化」へと形を変容しています。そんな中、AIの便利さと「もっともらしさ」は共に時代に受け入れられたものと捉えています。
消費においても「心の脆弱化・空洞化」は稼ぐことの意欲を低下させ、より静かに生きられることを求める非生産的な幸福のインサイトの声を聴くようになりました。日経MJのWeb記事(2025年11月23日)では、Z世代が職場に導入して欲しい制度の首位は「週休3日」と取り上げています。給与が変わらない前提の回答か、とも思う一方で、稼ぐ意欲が低ければ消費者の財布の中身も小さくなり、貨幣を支払う意欲も下がることが気にかかります。マーケティングでは、この意欲の低い層へのコスト投下で財布の中身を奪い合うには、業界競合だけでなく、消費インサイトで競合する他業界とも競合しなくてはなりません。それは多くの場合、ROI(投資収益率)が見合わず、AIによって自社のコスト効率化や生産性をいくら向上しても利潤の向上にはつながりません。
日本マーケティング協会のマーケティングの定義にある「より豊かで持続可能な社会を実現するための構想とプロセス」は、マクロの変容に晒されて消費意欲を失う声と対比して見ていると、非常に高いハードルになったと感じます。マーケターは自社の商品をただ消費者に売って競合に勝つのではなく、同時に消費者の稼ぐ意欲そのものを高め、社会を豊かにすることまで再生する循環まで実現できないと、持続可能とは呼べないと思うからです。また生活者のメディア接触の変化、Cookieの規制に続くAIの浸透で、以前より更に広告が生活者を動かす力が弱まったことも明白です。
Google公式の検索セントラルでは、AIによって自社コンテンツが消費者に提示される方法としてSEOのベストプラクティスが適用可能と前置きしたうえで、「信頼性の高い有用なユーザー第一のコンテンツを作成すること」に言及しています。これを生活者への価値を示す商品・体験と受け止めたときに、AI利用自体を価値のように語るのではなく、仕組みや手段に踊らされずに、信頼性の高い優れた商品・体験と評価を生み出すブランドとして求められていく道を歩むこと、つまり商品・サービスの「価値と、価値の意義を磨きあげること」が事業会社のマーケターが選べる道の入口として浮き彫りになります。
Google公式の検索セントラル
価値の体験を開かれた社会に還元し、消費者の心に活力を与える
いまの時代の中で、価値を提供するとはなにか。この解像度を上げるヒントとして、筆者が2025年9月、家族と西表島(沖縄県)を訪れた経験についてご紹介します。島には数年に一度訪れているのですが、以前お世話になった地元の観光業者は、コロナ禍で連絡が取れなくなってしまい、代わりに星野リゾートが地元業者と提携して提供する離島ツアーなどのアクティビティを体験しました。また同時に、隣接する鳩間島などの離島を散策しながら心を癒す一人旅に訪れた方や、地元の人とも新たに知り合い、食事を共にするような時間もありました。
自然の中での時間や地元の人とのコミュニケーションといった「体験を得る」という点では、ツアーも、自ら計画立てて行動することも差異はありません。ただ、その地域の体験や関係性を得る手段が、貨幣で得るのか、ゼロから築くかでは確実性や時間・コミュニケーションの労力に違いがあります。
類似体験でも対価が異なることは、地元では一定の価格で得られる自然と過ごす時間や伝統的な体験に、インバウンドなど旅行者が大きな対価を払うのと、同一だと思います。価値を得られる環境や手段によって対価が変わることは、従来のビジネスでもあったことではあるものの、市場でより大きな対価を支払う顧客が優遇されるとどのような環境変化がもたらされるかは、ニセコや白馬でインバウンドが街自体を変化させた事例で見られる通りです。
そして特定顧客の優遇が生まれれば、顧客の好みにより、どのような価値を取捨選択するかの取り決めが生まれ、最終的には自然環境の破壊や、地元業者の選定という領域にまで波及していきます。幸いなことに、西表島では、豊かな自然を守る現地の人の意識や、開かれた体験の機会を保とうとする倫理と善意のおかげで、「淘汰」された状態を見ることなく済みましたが、ひとつ道が違えば、こういった「代替の利かない体験」は次第に、一般の消費者には手が届かなくなってしまうと思いました。
2025年9月西表島(筆者撮影)
ニセコや白馬の例をあげましたが、リゾート地で海外資本による投資が進み、土地価格や賃貸料が高騰していることはよく知られています。筆者が携わるマーケティング領域が不動産・住宅情報の領域であることもあり、外国人の方による日本の物件や土地の購入が招く不動産価格全体の変動を追い続けています。そして、このインバウンド消費は経済の活性化につながる一方で、必要な教育を変えて地域の人のアイデンティティの変容を強いることもあるのではないかと思います。
この環境やアイデンティティの取捨選択は、目の前の「稼ぐこと」のみを追求してビジネスを推し進めれば、おのずと起こりえる話です。そして、優遇を享受できない側には、先に述べた「心の脆弱化・空洞化」を抱え、意欲が低下した消費者がいるでしょう。こうした市場や消費者の変化によって、自社のビジネス機会や単価が縮小する危惧があるときに、マーケターができることは何か。それは、この特定の顧客の優遇に「問い」を持ち、より多くの人が価値を享受できるよう需要を喚起して体験の機会を広げることだと思います。
つまり、「価値の体験を開かれた社会に還元し、消費者の心に活力を与えること」を目的に置き、倫理感を備えたブランドとして、稼ぐだけでなく生活者や社会が価値を享受できる機会を拓く。それを未来に持続できるようにしていく。さらに価値の源泉となる「体験」に敬意を持ち、体験によって得られる「心の豊かさ」について、消費者に気づきと期待を抱かせ、消費を喚起する。期待を裏切らないベネフィットを提供して、さらに支持を拡大していく――。この一連のプロセスが、商品・サービスの「価値と、価値の意義を磨きあげること」の中身であり、現代にマーケターが選択できる方針だと考えます。
マーケターが時代に迫られる2つの方針
前回と今回の2回にわたって追求したのは、現代のマーケターに求められる方針とは何か、ということでした。以下、あらためて記載します。
方針①正しさと豊かさが共存できる社会の新たな仕組みをつくる(前回)
ゲーム・チェンジャーとして自社が社会をリードできる独自のビジネスモデルを生み出し、商品や体験を売ることと同時に社会経済を活性化させる。
方針②価値の体験を開かれた社会に還元し、消費者の心に活力を与える(今回)
信頼性の高い優れた商品・体験と評価を生み出すブランドとして求められていく道を歩む。倫理感を備えたブランドとして、稼ぐだけでなく生活者や社会が価値を享受できる機会を開き、未来に持続できるようにしていく。
「仕組みづくり」と「商品自体の価値」の重要性は、本連載でもたびたび言及してきましたが、それらに加えて、「社会の豊かさ」と「消費者の活力」を実現することは、時代に求められる要件と考えます。そして「社会倫理性」は、OpenAI社のような新興企業がGAFAなど大企業を凌駕する要因になる一方、AIが影響力を増した今、消費者の意欲や、場合によっては生命にも関わるものだと、この時代変化の中であらためて思います。
この2つの方針の実現のために、マーケターは「問いと目的を立てる技術」を洗練させ、企業のマーケティング戦略を担うなかでステークホルダーと正しい道筋で未来の在り方を解像度高く合意して、推し進めていく必要があります。
そして事業が本稿で記載した方針を選択できるかによって、未来に事業が社会の中で役立ち、生存できるか否かも決まっていきます。AIの提供する「もっともらしさ」も冷静に精査して有効に活用しながら、数字や文字でしかない数多ある情報やデータを、ビジネスの問いや目的に変換して、意思を持って方針の意思決定を生み出す。合意を得ることは決して容易ではないですが、正しく思考し、事業を共に未来に推し進められるよう協議できる仲間や上司がいて、目的への共感で連帯できる企業や顧客と共に歩めれば、不可能ではないでしょう。
第8回の冒頭に、マーケターという職種が未来に存在するかと書きましたが、実務家が方針を選択して時代を切り拓く形で成功を生み出し、脚光を浴びて、マーケターという職種の役割・イメージを進化させていけなければ、「マーケター?昔聞いた職種だな」と言われる日が来ても、おかしくないと思っています。そうならないために、いま一度「問いと目的」を立てましょう。いまの時代の要件に沿ってリスタートできるマーケターが増えれば、自ずと世の中も良い方向に向かっていくのではと思います。
※編集部注:記事内で紹介した書籍をリンク先で購入すると、売上の一部がアジェンダノートに還元されることがあります。




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