鹿毛康司、モダンエルダーを目指す #11

偶然選ばれるのではなく必然で選ばせる アイドル活動の傍ら3事業を立ち上げた、ぴんぴんきらり 喜多尾衣利子氏のビジネス戦闘力

 

ヒントを得たら「まずやってみる」


鹿毛 25歳で、歴史グッズの通信販売を行う1社目のカステイラを創業されました。カステイラのビジネスを通じて、どのようなことが勉強になりましたか。

喜多尾 もう、すべてが学びでしたね。自分でサイトを作り、商品を企画し、写真撮影やモデルも、すべて自分でやりました。外注したのは商品デザインだけです。「どのようなLPをつくれば魅力が伝わって売れるか」など、いろいろ苦労しながらビジネスの基本を学びました。

鹿毛 トライアンドエラーを繰り返したんですね。今振り返ってみて、いいトライだったと思いますか。
 
かげこうじ事務所 代表 マーケター クリエイティブディレクター
鹿毛 康司氏

 2020年、エステー クリエイティブディレクター(役員)を退任して現在にいたる。 早稲田大学商学部卒、ドレクセル大学MBA。現在は森永乳業、ほけんの窓口、バーガーキング、ベストコ(塾)会社など様々な企業のマーケティングとクリエイティブの支援をおこなっている。同時にグロービス経営大学院(MBA)教授として社会人学生にマーケティングを指導。2021年には著書「心がわかるとモノが売れる」で、マーケティングに必要なインサイトと人間理解論を実務家の視点で発表した。今年7月26日悩める若手マーケターを応援するためにと「無双の仕事術」を発表。マーケティング立案、特に時代に新しいコンテンツマーケティングやファンマーケティングも得意とする。クリエイターとしてもCMプランナー/監督/コピーライター/作詞作曲などもこなす。2011年の東日本大震災直後に手がけた「消臭力CM」は好感度日本1位を獲得)。ACC Gold、マーケターオブザイヤー(MCEI)、WEB人貢献賞など受賞。

喜多尾 いいトライだったと思います。のちに民泊運営代行事業を始めましたが、そこでは簡単に売上や利益を出すことができました。「EC事業とはかかる労力が全然違うのに、簡単に利益が出るなんて、ビジネスって面白いな」と思いました。

鹿毛 民泊運営代行とは、どのような仕事ですか。

喜多尾 まず、使っていない別荘を持っていて、税金がかかって困っている方と話をして、ゲストハウスとして運営する許可を取ります。ゲストハウスは維持管理が大変なのですが、近隣にある民泊に泊まって、その民泊を営んでいる方に「近くにあるゲストハウスを清掃してもらえませんか?」とお願いして回りました。

そうやって運営する一方、私自身は芸能の仕事でいつ呼ばれるか分からないので、手離れするように仕組み化もしました。

鹿毛 入社したてで「先輩たちはどんなふうに仕事しているんだろう?」と眺めている20代の人に、喜多尾さんの話をぜひ聞かせたいです。芸能で培ったことなど、いろいろな経験が掛け算されて、喜多尾さんは普通の人より、高い「ビジネス戦闘力」を身につけることになったんだと思います。
 

喜びのベクトルが内→外へ変化


鹿毛 さて、いよいよ現在のビジネスのお話に入っていきます。ぴんぴんきらりの事業に取り組むことになったきっかけを教えていただけますか。

喜多尾 祖母は70代まで仕事をしていたのですが、仕事を辞めてから急に元気がなくなってしまい、80歳になってから怪我をして入院してしまったんです。人一倍元気な祖母だったので、とてもショックでした。もし仕事を辞めていなかったら、社会とのつながりを保つことができて、生活にハリがあって、もっと元気でいられたのではないか。そこから、シニアの生きがい創出や就業支援がしたいと思うようになりました。

鹿毛 アイドルをしていると、ファンから直接「ありがとう」と言われる機会が多いから、喜多尾さんは「ありがとう」と言われることの大切さを知っているように思います。顧客との距離が遠く、直接「ありがとう」を言われない人や仕事も多い中で、その経験をできたことはとてもラッキーなことだと思います。

「小日向えり」が10代の頃から受け取ってきた「ありがとう」の重さを、「喜多尾衣利子」がビジネスという形で変換し出したように感じます。

喜多尾 芸能活動では、そもそも有名になりたいと思っていなかったので、テレビ収録や書籍の執筆などは、歯を食いしばって山を登っているような感覚でした。結果として大きい仕事が取れたり、上手くいったりしたときだけ、嬉しさを感じていましたね。

過程を楽しめる仕事をしないと、今後の人生もずっと「普段は歯を食いしばっていて、嬉しいのはほんの一瞬だけ」という状態が続いてしまう。それはあまり楽しくない生き方だと思ったので、過程も楽しめる仕事がしたいと考えたという背景もあります。

鹿毛 喜びのベクトルを自分だけに向けるのではなく、他者にも向けないと生きていけなくなった感じですね。

喜多尾 そうですね。たとえば「テレビに出てすごいね」と言われるなど、自分がいい思いをするだけではそれほど喜べなくなりました。基本的には人に喜ばれるのが好きなのですが、時が経つにつれて「誰かに喜んでもらいたい」というモチベーションのほうがどんどん大きくなっていったんです。自分が楽しくて、人にも喜んでもらえている今の仕事は天職で、やっとこの状態になれたと思っています。

※後編 「多くの打席に、入念に準備をして立つ。ビジネス界の大物を応援団にした『突破力』と『青臭さ』」に続く
他の連載記事:
鹿毛康司、モダンエルダーを目指す の記事一覧
  • 前のページ
  • 1
  • 2

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録