鹿毛康司、モダンエルダーを目指す #13

「デザインは好き嫌いじゃない」 企業でデザインを使いこなす人を増やす、WEデザインスクール 稲葉裕美氏の挑戦

 

デザイナー選定で、プロジェクトの成否は8割決まる


鹿毛 つまり、クリエイターも単なる好き嫌いで作品をつくるのではなく、ビジネス上の課題を解決するという目的を持っている。課題を解決し、目的を達成するための手段のひとつがクリエイティブだという理解でよろしいでしょうか。

稲葉  そうですね。ただ、アートとデザインは明確に二分されるものではなく、グラデーションの関係にあると考えています。つまり、アート寄りのデザインもあれば、デザイン寄りのアートもあるということです。

たとえば紫式部は、多くの人が「アーティスト」と捉えていると思います。しかし、もし天皇を中宮のもとに引き留めるために物語を書くよう依頼され、それに応えて執筆したのだとすれば、それはデザイン的な行為とも言えるでしょう。

鹿毛 商業クリエイターですね。

稲葉 はい。もともとアートに携わっていた人たちが、産業革命の際に粗悪品が大量生産されている状況を問題視し、そこからデザインという考え方が生まれ、デザイナーという職業が誕生しました。ですから、デザイナーという役割は、歴史的に見れば100%商業的な存在なんです。

鹿毛 そうなんですね。ただ、美大の学生展示などを見ていると、デザインとアートを混同している人を見かけることが少なくありません。そういう方と話しても、課題解決の話にならないんです。

一方で、クリエイティブの第一線で活躍する人たちは、きちんと商業的視点を持っています。前者のような「デザイナー」は、課題解決もしていなければ、かといってアートをしているわけでもないという、中途半端な状態に陥っているように感じます。

稲葉 私が普段接しているデザイナーは、皆、目的に対して最適なものを追求する人たちです。でも、企業でデザインに関わるビジネスパーソンからは、鹿毛さんがおっしゃったようなタイプの「デザイナー」とのやりとりに苦労しているという話をよく耳にします。

鹿毛 私の感覚では、特にWebデザイナーにそうした方が多い印象があります。
 
かげこうじ事務所 代表
鹿毛 康司氏

 マーケティング戦略家・クリエイティブディレクター。人間理解とくに「人の心が動く瞬間」を紐解き、戦略立案からクリエイティブの着地までを一気通貫で手がける。東日本大震災直後に発表したエステー「消臭力」のCMは、多くの人の心に寄り添い社会現象となった。その後も、ほけんの窓口、森永乳業、大阪王将、にんべん、バーガーキング、ブラザー、筑紫女学園大学など、幅広い企業の「人間理解」に基づいたマーケティングやクリエイティブ支援を続けてきた。グロービス経営大学院教授、日経クロストレンド アドバイザリーボードも務める。著書に『心が分かるとモノが売れる』(日経BP)、最新刊に『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)など。

稲葉 Webデザインを専門に教える学科が美大には少ないため、独学で学ぶ方が多いことも一因かもしれません。

鹿毛 独学であっても課題解決を考えてくれるなら構わないのですが、その視点を欠いている人が少なくないことが問題なんですよね。

企業のコンサルティングをしていると、決して品質が高いとは言えないクリエイターに出会うことがよくあります。しかし企業側に判断する知識がないため、良し悪しを見極められない。

稲葉 まさに、私が普段教えている受講者の皆さんも同じ状況です。デザインを「好き嫌い」や「センス」、「才能」の問題だと考え、主観だけで議論するカオス状態になっているケースが少なくありません。

そうした状況から抜け出していただくために、「デザインには必ず理由があります」「デザインとは、目的に対する最適解を理論的に導き出す営みです」とお伝えしています。

理論的に考えられるようになれば、より良くするための建設的な議論ができますし、多数決ではなく、「なぜA案がB案より優れているのか」を明確な理由をもって判断できるようになります。

鹿毛 デザイナー任せにするのではなく、事業側の人が「デザインとは何か」を学ぶことが、良いデザインの実現につながるということですね。

稲葉 その通りです。まずは、「目的に対して最適な方法を選ばないデザイナーを選ばない」状態をつくる必要があります。自信がないために、デザイナーに意見できない……そんな状況をなくしたいんです。

実は、デザイナーを選んだ時点で、そのプロジェクトの成否は8割方決まります。だからこそ、最初の段階でデザイナーの特徴やスキルレベルをきちんと見極めなければなりません。

プロダクトが得意な人もいれば、Webが得意な人、ロゴが得意な人もいます。一口にデザイナーといっても、専門領域はさまざまです。さらに、表現のテイストにも違いがあります。鹿毛さんがこれまで手掛けてこられたCMのような、ポップで楽しい世界観を得意とする人もいれば、洗練された都会的な雰囲気を得意とする人、アットホームな家族らしさを表現することに長けた人もいます。過去の成果物を見ながら、その人の得意分野や実力を見極める必要があります。

そのためには、まず「何を達成したいのか」を明確にしなければなりません。しかし、その最も重要な工程を飛ばし、いきなりデザイナーへ丸投げしてしまうケースが少なくないんです。

鹿毛 クリエイティブを「魔法の杖」のように考えている企業は少なくありません。デザイナーやクリエイターに依頼する前に、まず自分たちが考えるべきことを整理する必要がありますね。

稲葉 「どんな対象者に」「どのような体験をしてほしいのか」「どのような感情になって欲しいのか」「どのような印象を持ってほしいのか」。これらを定義するのはクライアントの役割です。

その上で、「この目的に対して、どのようなアウトプットが考えられますか」とデザイナーに問う必要があります。

鹿毛 企業側は「どんな対象者に」は語れるのですが、その先は「商品の特徴を理解してほしい」としか言えないことが多いように思います。相手の感情は置き去りにしたまま、「商品を理解してもらって売上を上げたい」という発想になってしまう。どうすればいいのでしょうか。

稲葉 やはり、人の感情を深く理解することが必要です。私自身、日々デザインを教えていても、そこを学んでいただくことが最も重要だと感じています。
 

「我慢のしすぎ」が人間理解を妨げる


鹿毛 事業側の人は論理的である一方、人間理解が十分でないケースも少なくありません。どうすれば人間理解を深められるのでしょうか。

稲葉 私は、その原因は「我慢しすぎ」にあるのではないかと考えています。

たとえば、満員電車に耐えて通勤する。理不尽だと思う就業規則にも従う。上司からの無理難題にも応える。そんなふうに、社会人は「我慢すること」が美徳とされる場面が少なくありません。

しかし、それを続けているうちに、感情そのものが鈍くなり、何も感じなくなってしまっている人が多いように思います。

鹿毛 なるほど。今日のテーマは「我慢をするな」ですね。

私は我慢ができないので、偉くなれないんです。でも逆に、我慢しないからこそクリエイターでいられるということでもあるのだと、今のお話で分かりました。

稲葉 本当にそうだと思います。クリエイターには、「これが好き」「これはどうしてもやりたい」といった欲求がはっきりしている人が多いですよね。一方、多くの人は我慢してしまいます。我慢することが、出世など自分の目的を実現する近道だと考えているからでしょう。

鹿毛 かつては我慢したほうがよかった時代だったかもしれませんが、今はむしろ、我慢している人ほど出世しにくい時代になっているのではないでしょうか。

稲葉 その可能性はあると思います。本当に人の心に届くものをつくらなければならない時代に、自分の感情を抑え込み、合理性だけで動く戦士になってしまっては、大きな成果は生み出せません。

鹿毛 私は人の心が分かりすぎて、つらくなることがあります。でも、人の心が分かるということは、裏を返せば、自分自身の心や、自分の嫌な部分とも向き合えているということなのでしょうね。

稲葉 そうですね。自分のことを理解できた分だけ、人のことも理解できるのだと思います。

鹿毛 つまり、事業側の人にも、人間理解が求められるということですね。

稲葉 その通りです。WEデザインスクールでは、デザインを教えることを通じて、人間理解の力を育てることをひとつの大きな目標としています。デザインの土台にあるのは、人間理解ですから。

※後編 「デザイン成功の鍵を握る「人間理解」。非デザイナーも身につけるべき視覚言語とは?」に続く
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