鹿毛康司、モダンエルダーを目指す #15
300人の当事者と向き合ったウェルネスツーリズムの第一人者 近藤奈央氏が目指す「人生を再始動させる旅」とは
2026/07/27
「モダンエルダー」という言葉を知っていますか? 若者に耳を傾けて新しいことを受け入れながら、エルダーとしての力も発揮する「職場の賢者」のことを指します。日本を代表するマーケターであり、クリエイティブディレクターでもある鹿毛康司氏がモダンエルダーを目指して、さまざまな若手にインタビューしていく企画です。
鹿毛氏は「過去うまくいったことも、今ではうまくいかないことがあります。自分としては、思考能力はまだまだ大丈夫だと思っている一方で、時代との何らかのズレを修正し続けなければいけないと、恐怖を感じているんですよ」と語ります。本連載では「若者に教えてもらう」をテーマに、時代とビジネスの勘どころを探っていきます。
第15回・16回は、パソナウェルネスツーリズム代表の近藤奈央氏が登場。近藤氏は、製薬会社のMRとして8年間勤務した後、パソナグループの「女性起業家アクセラレータプログラム」を経て、パソナグループの子会社として起業した唯一の女性です。病気や障がいによって「できない」と諦めていたことを、旅を通じて実現するウェルネスツーリズム事業を展開しています。
起業に至るまでに約300人の当事者にヒアリングを行い、さらにグラミン銀行の創設者・ユヌス博士に会うためバングラデシュまで突撃訪問するなど、並外れた行動力を持つ近藤氏が、「第一人者」を目指す理由や、慈善事業ではなくビジネスとして社会課題を解決する覚悟について語りました。
鹿毛氏は「過去うまくいったことも、今ではうまくいかないことがあります。自分としては、思考能力はまだまだ大丈夫だと思っている一方で、時代との何らかのズレを修正し続けなければいけないと、恐怖を感じているんですよ」と語ります。本連載では「若者に教えてもらう」をテーマに、時代とビジネスの勘どころを探っていきます。
第15回・16回は、パソナウェルネスツーリズム代表の近藤奈央氏が登場。近藤氏は、製薬会社のMRとして8年間勤務した後、パソナグループの「女性起業家アクセラレータプログラム」を経て、パソナグループの子会社として起業した唯一の女性です。病気や障がいによって「できない」と諦めていたことを、旅を通じて実現するウェルネスツーリズム事業を展開しています。
起業に至るまでに約300人の当事者にヒアリングを行い、さらにグラミン銀行の創設者・ユヌス博士に会うためバングラデシュまで突撃訪問するなど、並外れた行動力を持つ近藤氏が、「第一人者」を目指す理由や、慈善事業ではなくビジネスとして社会課題を解決する覚悟について語りました。
当たり前が当たり前でなかった、沖縄で受けた衝撃
鹿毛 まず自己紹介をお願いします。
近藤 「リハライズ」をキーワードに、二つの事業を行っています。ひとつはウェルネスツーリズム ※注1、もうひとつは自然療法 ※注2 です。
- ※注1:スパや温泉、瞑想、自然体験などのさまざまなプログラムを通して、心身の健康増進やストレス解消を図る旅行形態を指す
※注2:薬や手術に頼らず、人間が本来持っている自然治癒力を引き出して病気の予防や治療、健康維持を図るアプローチ
鹿毛 リハライズという言葉は、初めて聞きました。
近藤 Rehabilitation(リハビリテーション)とRevitalize(再生・活性化)を組み合わせた、私がつくった言葉です。心身や人生をもう一度活性化する、再起動するという意味を込めています。
鹿毛 自分でつくった言葉を、まるで世の中にすでにある言葉のように堂々と話す。第一人者になる人というのは、そういう人ですよね。
では、近藤さんが一体何をしている人なのか、もう少し簡単に説明してもらえますか。
近藤 私は、日本におけるウェルネスツーリズムの第一人者を目指しています。私にとってウェルネスツーリズムとは、その人が旅を通してどうなりたいかを一緒に考え、旅を終えた後に「もう一度頑張ろう」と思える状態をつくることです。つまり、人生を再始動させるための旅だと考えています。
鹿毛 ウェルネスツーリズムは、単なる旅行ではありませんよね。医療やリハビリが関わることもあれば、心や体を癒やす要素もある。つまり、医療、ウェルネス、旅という複数の要素が組み合わさっています。その中で、一番中心に置くべきものは何なのでしょうか。
近藤 「これを中心にすべき」と一つに決めるものではなく、複数の要素の掛け算で成り立つ概念だと思っています。
なぜウェルネスツーリズムなのかといえば、元々、私はアステラス製薬でMR(Medical Representative:医薬情報担当者。製薬会社の営業を指す)として8年間勤務していました。最初の配属先が沖縄県で、丸4年間過ごし、その後は福岡県で働きました。
鹿毛 初期配属の地である沖縄で、衝撃を受けた出来事があったと聞きました。
近藤 それまで自分が当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかったことです。たとえば、私は「病気になったら病院やクリニックに行く」のが当然だと思っていました。でも、沖縄の一部地域、特に小さな離島では、その前提が必ずしも成り立たないのです。驚かれるかもしれませんが、中には「歯を磨いたことがない」という方もいらっしゃいました。那覇などの中心部ではなく、離島で暮らす方の中には、そもそも歯を磨く習慣そのものがないケースもあったのです。
この経験から、何事も「これが当たり前だ」と決めつけてはいけないと強く感じました。唯一絶対の正解はない。自分が正しいと思っていることも、別の場所では全く違う意味を持つかもしれない。そういうものの見方ができるようになりました。
鹿毛 病院のあり方も、これまで近藤さんが知っていたものとは違っていたのですよね。
近藤 私の地元である茨城では、「何かがあったら病院に行けばいい」という感覚がありました。病院は、比較的身近で、気軽に行ける場所だったんです。でも離島では、そもそも病院に物理的に行けないことがあります。船や飛行機を使わなければならない場合もありますし、天候によって移動できないこともある。だからこそ、医師たちは「病気になってから治す」のではなく、「病気にならないようにする」予防の重要性を強く意識していました。
日本の地方では、人口減少がどんどん進んでいます。そうした中で、先月まで開いていたクリニックが突然閉まる。それまで毎日いた先生が、週に数回しか来られなくなる。私が沖縄にいた4年の間にも、そうした変化が次々と起きていました。
パソナウェルネスツーリズム
代表取締役
近藤 奈央氏
1992年茨城県つくば市生まれ。グロービス経営大学院修士課程修了。
新卒で国内大手製薬会社に入社し、新薬の営業に従事。沖縄県での営業経験を通じ、より多くの人に質の高い医療・ウェルネスを届けること、また地方医療の存続という課題を解決することを志し、起業を決意。2023年にパソナグループが未来を創る女性起業家の育成・輩出を目的に開催する「パソナ女性起業家アクセラレータプログラム」に参加。その後、起業を目的に2024年にパソナグループに入社。2025年4月3日、株式会社パソナウェルネスツーリズムを設立。代表取締役に就任。
代表取締役
近藤 奈央氏
1992年茨城県つくば市生まれ。グロービス経営大学院修士課程修了。
新卒で国内大手製薬会社に入社し、新薬の営業に従事。沖縄県での営業経験を通じ、より多くの人に質の高い医療・ウェルネスを届けること、また地方医療の存続という課題を解決することを志し、起業を決意。2023年にパソナグループが未来を創る女性起業家の育成・輩出を目的に開催する「パソナ女性起業家アクセラレータプログラム」に参加。その後、起業を目的に2024年にパソナグループに入社。2025年4月3日、株式会社パソナウェルネスツーリズムを設立。代表取締役に就任。
鹿毛 大都市では、医療はまだギリギリ維持されている。一方で、地方、特に物理的に離れた離島になると、医療のあり方も、健康に対する習慣も変わってくるのですね。自分の常識とかけ離れた実態を目の当たりにしたとき、何を思いましたか。
近藤 「辺境」と呼ばれる場所の医療を守りたい、医療が続くようにしたいと思いました。私は茨城県つくば市の出身です。つくばは、父も含めてさまざまな地域から来た人たちがつくった新しい街です。地域のお祭りもあまりなく、私自身、地元への愛着はそれほど強くありませんでした。
でも沖縄に行って驚いたのは、皆さんが故郷にとても強い愛着を持ち、「ここに住み続けたい」と思っていることでした。この文化を残したい。そこに住み続けたいと願う人たちの思いを守りたい。そう強く感じました。
300人の生の声を聞き、覚悟の退社
鹿毛 4年間沖縄で活動された後、なぜ福岡に行くことになったのですか。
近藤 結婚がきっかけです。夫は同じ製薬会社の先輩で、沖縄で出会いました。その後、夫の転勤に伴って福岡へ移ることになりました。ただ、福岡へ行ったことで、「沖縄の人たちに向けて、ふるさとを守る仕事がしたい」という思いは、むしろより強くなりました。
鹿毛 医薬に関わっていたから、ウェルネスの領域に注目するのはよく分かります。ただ、そこに「ツーリズム」の要素が入ってきたのはなぜでしょうか。
近藤 実はもともとメディカルツーリズム(編集部注:自国より医療水準の高い国へ行き、治療や健診・検診などを受けること)をやりたいと思っていました。私の目的は、地域に医療を残すことだったので、遠隔医療のプロダクトを考えたこともありました。
鹿毛 ウェルネスツーリズムは、日本ではまだそれほど発展していませんね。世の中にウェルネスツーリズムを広げようと思って、最初に何をしましたか。
近藤 自分が「この人にサービスを届けたい」と思う人たちに、直接会いに行きました。私は医療の専門家ではありません。だからこそ、机上の空論を語りたくなかったんです。専門書を少し読んだだけで、この領域のことを分かったような気になりたくありませんでした。当事者の生の声を聞いて、本当のところを知りたいと思ったのです。
現在、私は脳卒中や脊髄損傷などによって病気や障害を抱えた方が、もう一度やりたいことを見つけるための旅をつくっています。その出発点として、医療従事者やリハビリテーションに関わる方、多くの知人に、様々な疾患や病気、ハンディキャップを抱える方を紹介していただきました。
当時はまだ、対象とする疾病を明確に決めていたわけではなかったので、さまざまな背景を持つ方に、幅広くお話を伺いました。
鹿毛 何人くらいに会ったのでしょうか。
近藤 300人ほどです。週末を使って宮古島に通ったり、沖縄も含めて、場所を問わず会いに行きました。実は、協力してくださった方の中には、今は亡くなってしまった方もいらっしゃいます。だからこそ、「直接話を聞いた私が、絶対にやらなければならない」という気持ちは、より一層強くなりました。
かげこうじ事務所 代表
鹿毛 康司氏
マーケティング戦略家・クリエイティブディレクター。人間理解とくに「人の心が動く瞬間」を紐解き、戦略立案からクリエイティブの着地までを一気通貫で手がける。東日本大震災直後に発表したエステー「消臭力」のCMは、多くの人の心に寄り添い社会現象となった。その後も、ほけんの窓口、森永乳業、大阪王将、にんべん、バーガーキング、ブラザー、筑紫女学園大学など、幅広い企業の「人間理解」に基づいたマーケティングやクリエイティブ支援を続けてきた。グロービス経営大学院教授、日経クロストレンド アドバイザリーボードも務める。著書に『心が分かるとモノが売れる』(日経BP)、最新刊に『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)など。
鹿毛 康司氏
マーケティング戦略家・クリエイティブディレクター。人間理解とくに「人の心が動く瞬間」を紐解き、戦略立案からクリエイティブの着地までを一気通貫で手がける。東日本大震災直後に発表したエステー「消臭力」のCMは、多くの人の心に寄り添い社会現象となった。その後も、ほけんの窓口、森永乳業、大阪王将、にんべん、バーガーキング、ブラザー、筑紫女学園大学など、幅広い企業の「人間理解」に基づいたマーケティングやクリエイティブ支援を続けてきた。グロービス経営大学院教授、日経クロストレンド アドバイザリーボードも務める。著書に『心が分かるとモノが売れる』(日経BP)、最新刊に『無双の仕事術』(クロスメディア・パブリッシング)など。
鹿毛 本当に、命を削るようにしてインタビューに協力してくれた方がたくさんいたのですね。近藤さんが本気で何かを考えているからこそ、相手も「後悔しないように、言いたいことを伝えよう」と思って協力してくれたのでしょうね。
300人の患者さんが近藤奈央という人を応援している。その事実は、事業を推進していく大きな原動力になりますね。一方で、300人の人生を背負うというのは、ともすると重く感じられてしまいそうですが…。
近藤 重くはないとは言えません。でも、単純に「重い」とも言いたくありません。私はそれを「可能性」と言いたいです。
鹿毛 300人のために、可能性を信じるしかありませんね。この事業に向き合うとき、近藤さんの脳裏には、いつもリアルな人の顔が浮かんでいるのでしょうね。
そして、このあたりでアステラス製薬を辞めたんですよね。
近藤 はい。自分の限りある命をどう使うのかを考えたとき、やりたいことをやりたいと思いました。とはいえ、退職の日が近づくにつれて、本当に自分にできるのだろうかという怖さも出てきました。




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