「POSSIBLE」現地レポート #04

ウォルマート、コカ・コーラ、米国マーケティング最新潮流を映す「POSSIBLE」 電通・森直樹氏が後半戦をスピード報告

前回の記事:
北米最大級のマーケティングカンファレンス「POSSIBLE(ポッシブル)」で語られたマーケティングの最先端:電通・森直樹氏がスピードレポート
  米国・マイアミで4月15~17日に開催された「POSSIBLE(ポッシブル)」。世界的なトップマーケターが集結し、「マーケティング、コミュニケーション、テクノロジーの未来」をテーマにマーケティングの現在と未来を語り合った北米最大級のマーケティング特化型カンファレンスは、熱狂のうちに幕を閉じた。日本国内で「マーケティングアジェンダ」などを開催しているナノベーションが公式パートナーを務めている。

 Agenda noteでは初回が開催された昨年に続き、現地で参加した電通 クリエーティブディレクター ビジネス・トランスフォーメーション・クリエーティブ・センター エクスペリエンスデザイン部部長の森直樹氏に依頼し、注目セッションをセレクト。前編は、「ストーリーテリング」による企業価値の向上を訴えるセッションを中心に紹介した。後編の本稿では、テクノロジーの進化が顧客とのコミュニケーションにもたらすインパクトに焦点を当てる。グローバル・マーケティングの最新動向を読む、マーケター必見のスピードレポート。
  
POSSIBLE2024が行われたホテル近くのマイアミ・ビーチ(ナノベーション提供)
 

テクノロジーをどう取り込み、どう正直であるか


 前編でも米大手流通企業ターゲットの「リテールメディア」に関するパネルディスカッションがあったが、最終日17日朝のキーノートに登壇した世界最大の小売企業ウォルマートが話題にしたのも、やはりリテールメディア・ネットワークだった。

 エグゼクティブ・バイス・プレジデントでありチーフ・レベニュー・オフィサーのSeth Dallaire氏が強調したのが、ウォルマートのビジネスモデルの変化だ。商品を販売する小売業からメディア事業体に業態変化しつつあるという。小売が持っている顧客データを活用して、テクノロジーによって洗練された広告を絞り込んだターゲットに提供している。オンラインとオフラインが相互補完しあってパーソナライゼーションを高め、タイムリーなコンテンツを配信することによって顧客のエンゲージメントを確立していると語った。

 関連して、同日にはウォルマートのリテールメディア事業を担うウォルマート・コネクトと、コカ・コーラが参加するパネルディスカッションもあった。両社は新製品の発売においてコラボレーションの取り組みをしており、ウォルマートの店舗内のデジタルサイネージを使って、非常に没入感の高いインタラクティブなコカ・コーラのブランド体験を顧客に体感してもらうキャンペーンを成功させたという。データ主導のリテールメディアによるアプローチによって、売上を伸ばすだけでなくブランドの認知度や顧客ロイヤルティの向上にも貢献しているということだった。
  
コカ・コーラやウォルマート・コネクトが登壇したセッション(森氏提供)

 Z世代との対話に関するパネルディスカッションも興味深かった。Doveなどを扱うユニリーバのエリザベス氏が言うには、Z世代とのコミュニケーションにおいて、マーケターは彼らを一括りにしがちだが、それは大きな間違いである。Z世代はブランドに対して製品だけでなく背景にある企業の理念や行動を見ており、表面的なエンゲージメント施策、一面的なマーケティング戦略は通用しない。Z世代へのマーケティングを成功させるためには流行語やトレンドに乗るのではなく、現実的な問題に取り組み、ターゲットの価値観を深く理解すること、リーチしようとしている人々への傾聴が重要だということだった。特にサステナビリティやインクルージョン、生活に影響を与える社会問題に対して、ブランドが約束を守るかどうかをZ世代は重視していると指摘していた。

 写真共有アプリ「スナップチャット」のヘッド・オブ・バーティカルズのDave Sommer氏によるキーノートは「Less Likes, More Love」と題し、デジタル空間でのつながりを再構築しようと提言するものだった。ソーシャルメディアが、特に若い人の対人関係やメンタルヘルスに与える影響が大きくなっており、それがブランドのエンゲージメントやマーケティングにも影響を与えていると指摘した。

 つまり、ソーシャルメディアは「真のつながり」から「いいね」やシェアといった表面的な交流や、作られた自己イメージに支配されたプラットフォームに変化した。ユーザーがオンライン上での見栄えを気にするようになり、本物の共有はあまり意識しなくなった。現在のSNSの状況は、比較と競争の雰囲気を助長する役割を担っており、精神衛生上の問題を助長している…と批判した。一方、「スナップチャット」は表面的な関わりよりも、リアルな交流を優先するように設計されており、本物の個人的なつながりのためのスペースであることを重視しているということだ。

 広告主にとっては、スナップチャットのリアルで即時性の高いインタラクションによって、オーディエンスつまり生活者と真正面からエンゲージメントするためのユニークな環境を提供している。単に知名度を上げることよりも、真のエンゲージメントを優先するマーケティングを可能にしているとアピールした。これからの広告は、ユーザーの不安を利用するのではなく、本物のつながりやポジティブな体験を促進する「スナップチャット」のようなプラットフォームを受け入れるべきだという提案だった。
 
スナップチャットによるキーノート(同)

 グラミー賞受賞者であるシンガーソングライター、Ashantiとの「Fireside Chat」も印象的だった。変化し続ける音楽とエンタメ業界において、アーティストの成功と影響力を再定義するために、パーソナルブランディングとテクノロジーの活用はますます進んでいる。彼女は音楽的な業績と共に、テクノロジーやマーケティングにおけるアントレプレナーとしての側面も持っており、そういった融合の象徴であるとのことだった。戦略的に自分の事務所をつくり、独立して活動することで新しいアーティストとしてのパーソナルブランディングを体現していると語っていた。

 最後に紹介するのはマクドナルドのチーフ・マーケティング・カスタマーエクスペリエンス・オフィサーのTariq Hassan氏のセッション。AIの話題だった。AIの活用は顧客の行動を予測してレストランオペレーションを最適化し、リアルタイムでデータに基づいてマーケティングメッセージをパーソナライズできる。これによってマックは効率的に顧客対応できるだけでなく、顧客のニーズを予測してプロアクティブなマーケティング戦略を構築できているという。一方、マーケティングが進化し続ける中で、プライバシーに配慮しつつ、ゲームやストリーミングサービスのような新しいプラットフォームでどういう体験をつくっていけるかが課題となってくるという内容だった。

 全体として、テクノロジーやデータにどう対峙して、取り込んでいくかが話題の中心だった。リテールメディアもデータドリブンなマーケティングのため、新しいテクノロジーによる顧客体験をどうつくっていくか、についてはあちこちのセッションで語られていた。また、企業として表面的ではなくオネスティー(誠実・正直)な活動を行い、見せかけのキャンペーンではなく企業活動そのものをそういった方向に向けて、ブランドとしてどう体現していくかという議論も多かった。
 
森 直樹 氏
電通 ビジネストランスフォーメーション・クリエーティブセンター エクスペリエンス・デザイン部長/クリエーティブディレクター
JAAデジタルマーケティング研究機構 幹事(モバイル委員長)

 光学機器のマーケティング、市場調査会社、ネット系ベンチャーなど経て2009年電通入社。前職では、TUTAYA モールのプロデューサー、マクロミル社とソネットエムスリー社との共同事業立ち上げなど従事。電通入社後は、デジタル&テクノロジーを活用したソリューション開発に従事し、ARアプリ、イベント✕Technologyの推進。近年は、デジタル&テクノロジーによる事業およびイノベーション支援、経営や事業戦略に基づくUI・UXデザインや、ネット事業モデルによる事業革新の支援プロジェクトに取り組む。 米デザインファームであるFrog社との業務提携を主導。著書に「モバイルシフト」(アスキー・メディアワークス、共著)など。ADFEST (INTERACTIVE Silver他)、Spikes Asia (PR/Grand Prix)、カンヌ(Finalist)、グッドデザイン賞など受賞。ad:tech Tokyo 公式スピーカー他、宣伝会議、日経、NewsPicksなどへの寄稿・講演多数。

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