海外ニュースから読み解くマーケティング・トレンド #06

人の力を引き出す「共感力(Empathy)」の大切さ【ニューバランス 鈴木健】

パーパスの反対語は、「混乱」「舵のない(rudderless)」


 ジム・ステンゲル塾の学びの中で最も重要だと思ったのは、共感性(Empathy)にもとづいた人々とのエンゲージメントのなかにおいて、共有するブランドパーパスから人々の力をPULL(引き出すこと)である。

 その意味でクリステンセン教授が市場をつくり出すという企業の目的が、新しい雇用を生み、それがインフラとなって産業を連鎖的に生み出すのだという主張は、そのままブランドパーパスが目指すものと同じである。

 パーパスは戦略家が生み出す金科玉条ではなく、それがインスピレーションの元になって、自ら「自分ごと化(Internalize)」したうえで新しい行動を自発的に生み出すことに意義があるのだ。

 クリステンセン教授も示す通り、インフラは政府がまず整えるのではなく(インフラだけの努力は実際PUSHなので同じく失敗している)パーパスをもったアントレプレナーや企業自らがつくり出してきたことは歴史が証明している。

 米国でフォードが馬車に代わって自動車を大衆に売ろうとしたとき、自動車用の道路というインフラは整っていなかった。フォードは自ら道路建設の努力をしたことで政府に働きかけたのである。同様のことは、トヨタにもいえる。トヨタは自動車をつくると同時にドライバーを育てる自動車教習所に投資したのだ。



 このようなアクションは、ブランドパーパスをもとに従業員がコミュニティに対して実行するアイデアとまったく同じPULLのアイデアである。そしてそのことによって新しい職業や産業が自発的に生まれ、より大きな繁栄がもたらされる。

 李開復氏が懸念するAIのイノベーションによって生産性は高くなるが賃金は高くならないという事態は、このPULLを生み出すかどうかを念頭におくべきだということだ。AIの市場創造がブランドのパーパスをもっていれば、人間が共感性をもとに自発的に新しい活動を生み出すはずである。それは生産性だけでなく、結果的に人間に「豊かさ」をもたらすことになるだろう。

 ジム・ステンゲル塾の質疑応答で「パーパスの反対語は何か?」という質問に、ジム氏は「方向性のない混乱」、「舵がない(rudderless)」と答えた。おそらくそのブランドや組織には、多くの優秀で頭の良い人々がいるにも関わらず、行く先が定まっておらず、あちこちで別の方向に進もうとしている、そんな混乱状態のことだ。

 それは、まるで米国をはじめとした現在の地球規模での政治的な混乱によく似ている。ここで求められているのは、単なる「正しい意見」ではないのだ。そこで求められるリーダーシップとは、まず皆の声に耳を傾け、真摯に対応する「共感性」なのだ。

 そしてその共感をもとに、方向性たるブランドパーパスを自分ごと化してもらい、それにインスピレーションを与えることで、みんなが自発的に舵を漕ぎ出してもらうことである。それがPULLを導く良きリーダーであり、奪い合いではない「新しい未来」を生み出すコミットメントである。

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