2069年のクォンタムスピン #01

SF小説で、未来のマーケティングを描く 「2069年のクォンタムスピン」

なぜ今から「50年後のマーケティングの未来」を描くのか


 マーケティングや広告の世界がテクノロジー中心になった21世紀。GoogleやFacebook、Amazonといったデジタルテクノロジーを活用したメディアやプラットフォームが一般的な存在になった。

 そして、その進化だけでなく、プライバシー保護の観点からデジタル履歴に基づくパーソナルデータのトラッキングがGDPRやCCPAなどで規制され、単なるマーケティング上の問題ではなく、人々の生活がテクノロジー中心にどう変化すべきか、という社会的なテーマへと発展しつつある。

 今回の短い物語に書かれた世界は、今から50年後の未来である。しかし、実際このような世の中になるには、数百年など、かなり先のことになるかもしれない。というのもAIや医療を含む様々な業界におけるテクノロジーが発達した社会を書いているだけでなく、すでに人類が違う段階の社会を生きていることを前提としているからだ。

 テクノロジーは、もはや生きることの一部となり、スマートフォンではなく生体に埋め込まれたチップを通して健康や財務データを管理している。高度な作業をするためには「サブブレイン」という脳と直結したスマートデバイスからクラウドを通してAIとつなぎ、脳とコンピュータがシームレスに協業する形になっている。



 個人のプライバシー問題は、所属する旧国家の政府(全世界は統一されたグローバル政府ではあるが、旧来の個別の国家も存在する)が全ての情報を所有し、管理している。個人情報の扱いは住民の階層によって分類され、一部の住民は場所の移動が許されていない。その代わりに生体チップにより健康を保ち、ベーシックインカムにより生活が保証されている。

 また、グローバル社会全体はスーパーインテリジェンスを持つ高集積AIによってナッジ(行動経済学でいうところの個人が社会にとって好ましい選択を主体的にとるように促すこと)されることで、ある程度の個人の自由と社会全体に安定をもたらすように設計されている。ある意味、AIによって管理されたディストピアとも言える全体主義国家のグローバル世界にもなる。

 もともと、この物語を書き始めたのは、「テクノロジー中心となった未来の社会において、マーケティングがどう可能になるのか」という疑問と、「そのようなテクノロジーだけでは管理できない人間性」について考えるためである。

 物語に出てくる「スピン」とは、政治的なプロパガンダ用語で、もともとは「特定の人々に有利になるような偏った情報を伝える」という悪い意味で使われる。ただし、ここでは、元DDB 戦略プランナーのポール・フェルドウィック氏の書籍『Humbugの解剖』から受け継いで、もっとポジティブな意味での「創造性」という意味で捉えている。

 そのPR用語の「スピン」を、量子力学における電子のスピンと掛けたものが、この物語の「謎」の一部である。この短い物語の後には、背景となる設定を簡単に解説してみた。読んだ人それぞれが、インスピレーションを得られることを望みたい。また、初めて物語を書いたので、ぜひ読んだ感想を聞かせてほしい。
 

令和の次、新元号「万和」時代のマーケティング


 「令和元年の幕開けとともに今、天皇陛下と皇后陛下のパレードが始まりました」

 アナウンサーの晴れやかな声とともに、陽の光をあびて赤坂御所からゆっくりと出てきた真っ黒なリムジンを映し出す。令和元年。私が好きだった時代。今から50年以上も前の話だ。

 私の住むマンションに据え置きのバーチャルアンビエントスペースは、自分の好きな時代のメディアや環境をバーチャルにつくり出してくれる。私の朝は、いつも令和元年の11月10日のままだ。私の年齢は、いまや100歳を超えた。子どもたちはそれぞれの家族を持ち、妻はもうこの世にいない。今は令和も終わり、新しい元号「万和」が始まって21年が経った西暦2069年の冬だ。

 医療技術が発達したことと、世界的に人口減少が始まり労働人口が劇的に減ったこともあり、私は50年以上からしていた「マーケティング」の仕事を今も続けている。ただし、現在ではマーケティングとは呼ばずに、コネクティングあるいはネットワーキングと呼ばれている。



 かつてマーケティングの役割は市場創造だったが、市場そのものがすでに飽和状態にあるため、市場間にある価値をつくり出すための「つなぎ」や「網の目」を探すことが求められる。そして、それはダイナミックに移動するために、もはや企業の経営者が決めるものではなく、全世界にある高集積のスーパーインテリジェンスである「プロタゴラス」と呼ばれるAIによって管理されている。

 プロタゴラスから指示のあったタイムスケジュールに沿って、私は決められた「クライアント」のところに交渉や商談に行くのが仕事だ。その報酬は、時間や内容によって異なるが、いまはすでにベーシックインカムが充実しているため、報酬のために仕事をしているわけではない。むしろ、この歳になっても仕事をすることが自分にとっての生きがいになっている。

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