2069年のクォンタムスピン #01

SF小説で、未来のマーケティングを描く 「2069年のクォンタムスピン」

バーチャルとリアルが結合したカフェでクライアントに「会う」


 ダイバエリアは、グローバルホッパーの玄関口となる湾岸地域にあり、空港やホテルと直結したショッピングと娯楽施設、カジノなどが集結し、昼夜問わずグローバルホッパーで賑わっている。

 このエリアに来るのは、実に2年ぶりだ。レジデンツは基本的にスマートシティには入れないが、今回のような仕事であればAIが許可してくれる。VRでは何度か体験しているが、実際にグローバルホッパーとのミーティングに足を運ぶのは、初めてかもしれない。

 カフェは実際のスペース以上の広さを感じるが、それはスペースの大半がバーチャルで作られているからであり、私自身が脳の補助として活用している生体に埋め込んだサブブレインに、このバーチャル空間と実際のリアルな空間をシームレスに接続しているからに他ならない。一部の客は、もちろんリアルに見ることができるが、一部の客はプライバシー保護のためにサブブレインを通してフィルターが掛けられ、そこに誰かが居ることはわかるが、顔までは見ることができない。

 カフェに入るとロボットウェイターが私のIDを確認して、「クライアント」であるサンパウロのグローバルホッパーとのアポイントを照合し、席に案内してくれた。そこには、すでにブルネットの髪を肩まで伸ばした健康的な肌の30代半ばらしき女性が座っていた。今は冬のはずだが、夏のような薄着でゆったりしたライトブルーのダマスク柄のドレスを着て大き目のサングラスをかけていた。どうやら彼女は、VRで参加しているらしい。私はウェイターに温かいコーヒーを注文した。
 

「クライアント」とのインタビューからリアルタイムにAIを使って施策を改善


 女性は、私のほうを向いて挨拶をした。

 「こんにちは。カズアキ。はじめまして。私はジオヴァーナ、よろしく」

 彼女はサングラスを取ってにこりと微笑んだ。

 「こちらこそお時間をとらせて、すいません。また、あなたのクラスなら私に名前をお知らせする必要はありませんが。ともかく、あなたの情報が漏れるようなことはございませんから」

 「たしかにね。でも名前くらい、名乗ってもいいでしょう。本名とも言ってないし。それに私こそVRだから」

 彼女は悪気もなく答えた。

 私は早速AIに接続し、くだんの業務についての話を始めた。

 「ここからはオンレコードでお願いします」

 私は、サンパウロで予定されている施策について簡単に説明し、そのアルゴリズム精度の向上のために、彼女に人種や文化、ライフスタイルのセグメンテーションはどのくらい必要か、サンパウロの食生活のパターンはどうか、最近、流行っている食事のトレンドが何かを尋ねた。

 レジデンツが生体に埋め込まれたチップによって管理されているのとは違って、経済特区を移動できるグローバルホッパーには、そのような制約はない。そのかわり自主管理によって、レジデンツよりもレベルの高いテクノロジーを使ったセルフケア管理をしているらしい。

 また、実際にジオヴァーナのようにサンパウロにアドレスしたことのあるホッパーは、レジデンツのようにナッジ(行動経済学でいうより好ましい行動を自発的に取るように促すこと)されている人々と違って、(制約はもちろんあるものの)現実を自由に自分の眼で見て判断できるため、私のようなコネクターやネットワーカーには重宝されている。こうしたグローバルホッパーは、全人口の2%に満たないが、現在の世界の8割の富を生み出していると言われ、レジデンツの経済活動をサポートするのも彼らの義務のひとつである。

 ジオヴァーナの説明はわかりやすく、これまで話したことのあるグローバルホッパーのなかでも、とりわけ手早く効率的に話を進めることができた。私は自分のレジデンツ用の業務用のサブブレインを使って、彼女のコメントをリアルタイムにAIにインプットしながら、課題について的確に調整を加えた。彼女はまるで私が来るのを待っていたかのようだ。最終的に、彼女の意見に照らし合わせて健康食の促進メッセージのバリエーションは20%削減され、内容の検討を見直すべき仮説が30%ほど残った。インタビューは30分もかからなかった。

 「質問は以上です。レコードをオフにします。ありがとうございました。あなたのおかげで非常にスムーズに運びました」

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