2069年のクォンタムスピン #01

SF小説で、未来のマーケティングを描く 「2069年のクォンタムスピン」

AIの最適解を超える答え「スピン」とは


 私がホッとして席を立とうとすると、最後にジオヴァーナは無表情な顔で呟いた。

 「でもね、そんなことをやってもあまり効果がないと思うけど」

 私はちょっと驚いて「どうしてですか?」尋ねた。

 ジオヴァーナはしばらく黙っていたが、次にように口を開いた。

 「プロタゴラスは、このような合理的なやり方は得意なんだけど、人の行動を劇的に変えるまでには至らないってこと」

 私は少し語気を強めて「それでは、あなたは私のやっていることは無駄だというのですね」と言った。

 「いいえ、あなたがやっていることに意味がないわけではないわ。でもね、プロタゴラスではない、違う力が必要なのよ」と、息をひそめて言って、私の眼をまっすぐ見た。

 「何ですって」

 私は今度こそ驚いて言った。今度もジオヴァーナは、しばらく考えるように黙っていた。

 「スピンが必要なのよ。ナッジではなくて。それもクォンタムレベルのね」

 「スピン?それは情報操作のことでは?いまやそのような操作は違法では?」

 私はやっとジオヴァーナが言っていることがわかりかけてきた。スピンだって?100年前の亡霊でも呼び戻そうとしているのか。スピンとは、歴史的なプロパガンダを仕掛けてきたコミュニケーションの大家の伝統的な人々を扇動する手法であり、しかも今やそのような意図的な情報操作はあからさまに違法だ。そして彼女は、おそらくそれを知っていて言っている。

 「だから量子レベルって言ったのよ。量子力学では、情報はコインの表であり、裏でもある。どちらも真理よ。情報もそのように扱えばいいはず。行動経済学に基づいた人の行動を促すナッジは、プロタゴラスの十八番だけど、クォンタム(量子の)スピンには敵わない」

 「まるで昔のSFの『高い城の男』みたいな話ですね。そんな歴史の選択肢があるなんて、にわかには信じられない。実際に世界はプロタゴラスで回っているじゃないですか。その量子力学のコインを回しているのは、一体誰なんですか」

 「それは教えられない。TBDとでも言っておきます。それとこれ以上、オフレコードで話すのは、あなたも私も危険なので、この会話はおしまい」

 そう言うと、彼女はサングラスをかけなおして、素早く手を上げた。

 「コーヒーのおかわり、いかがでしょうか」

 ウェイターロボットから声を掛けられてから、彼女のほうを振り向いたが、もう姿は消えていた。

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