2069年のクォンタムスピン #02

「変わるチームワークとアイデア創出」SF小説で未来のマーケティングを描く②

「プロジェクトチーム」によるラップアップ


 マーサからのブリーフィングは、2時間にも及んだ。プロジェクトに課されたのは、最後にレイモンドとサジがまとめていたように、ノースエリアの世代間コミュニケーションの活性化による影響を急速にコミュニティの停滞が進むサウスウェストエリアに適用できるプロトタイプを3カ月で作成し、9カ月以内にテスト結果とともに適正レベルに達すること、というものだった。

 ブリーフィング後にいったんランチ休憩を取った後に、再度「チーム」でVRワーキングルームを使ってラップアップした。アクションプランを設定し、次のマーサとのミーティングに状況報告をするためだ。



 「じゃ私はハイクラスのアイディエーションマーケットに調査の仮説設定からオリエンシートを作って出すわね」とアンドラが言った。

 アイディエーションマーケットとは、各スマートシティやレジデンツでクリエイターやアーティストが創造性を株のように売り出している市場で、多くのアイデアはこのマーケットにオリエンシートを有料でビッドすることで、クローズに各クリエイターのアイデアを買うことができる。マーケットの種類は数百にもおよびそれぞれ特徴がある。金額もピンキリだが短時間で質の高いアイデアを得るために多くのプロジェクトで活用されている。

 「そりゃまだ早いんじゃないか。私はもっと調査データ内の言語メタファーとニューロン発火マップを分析したうえで、フィールドワークでのテストもしたい。プロトタイプのステップを考えるなら」とレイモンドが口を挟む。

 一方で、リーは「アイディエーションのネタがあってもいいけどね。そのうえでプロトタイプがあったほうがフィールドワークもテスト結果が判断しやすいのでは?」と意見した。

 さらにサジが「状況コンテクストとニューロン発火による感情反応は、個体によって差がまだあるみたいなので、どのデータを主軸にしてプロトタイプを創るかがポイントかもしれない」と議論を進めた。

 カズアキは「よし、それならレイモンドとサジは調査データを洗い直して、プロトタイプの主軸になりそうなデータ軸を見つけて、どのようなプロトタイプパターンが必要かを次回まで練ってくれ」とチームの意見をまとめた。

 「アンドラとリーはアイディエーションマーケットに出すオリエンシートの準備を。ビッドもマーサと相談する必要があるので、オリエンシートはレイモンドとサジのデータポイントをインプットした上で出す。フィールドワークはプロトタイプステージになってから考えよう」

 チームはカズアキの決定に了解し、ワークスペースはクローズした。ちょうど時計は、午後3時を指していた。
 

ボルヘスの本がカズアキの元へ届く


 カズアキはミーティングが終わった後、ひとりでコーヒーを飲みながらノースエリアの風景をアンビエントスペースで眺めていた。1カ月前にあったグローバルホッパーのジオヴァーナと名乗る女性の言葉。

 「スピンが必要・・・か」

 そんな発言はどんな将来予測からも聞いたことがない。検索すれば、たしかに量子力学におけるスピンについての詳細な説明はあるが、彼女の言った意味ではもちろん何も見つからない。

 プロパガンダとしての「スピン」という意味なら、それは結局サンフランシスコカウンシルで問題になったサブブレインに対するインセプションではないのか。たしかにグローバルガバメントによるスマートシティの権力は、ますます強くなっている。だが、それはプロタゴラスによる統治があるからこそであって、グローバルホッパーも含めた人間の権力の範囲はむしろ狭まっている。だからこそスマートシティのグローバルホッパーのカウンシルから構成される委員会での権力を求める者がいるのは、もちろんおかしくないわけだが。

 自分がブリーフを担当したサンパウロのプロジェクトは順調に進んでおり、プロタゴラスの予測値通りにソーシャルチップに対して新しいフードの適用率が進んでいると、先週アルゴリズム開発者から報告があった。行動観察とヘルスデータのチェックが必要だが、ナッジは決して無駄ではないはずだ。スピンが何かわからないが、これ以上のやり方が他にあるとは思えない。

 自宅のホームパネルを見ると、ダッシュボードに小型の荷物が届いていることを知らせるランプが付いた。小型荷物であれば、マンションに設置された「キャリア」と呼ばれるロボットが勝手に部屋に付帯されたキャリアスペースに運んでくれる。カズアキは数分後に自宅まで届けてくれるようキャリアに指示した。

 届いた荷物は少し厚みのある封書だった。差出人の名前はない。配達物はスキャンされたうえで届くようになっているから、危険物ではないようだ。開けると、一冊の本が入っていた。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『伝奇集』。本の合間にメモが挟まっている。ページは「裏切り者と英雄のテーマ」の章だった。



 そのメモには数字が書かれていた。

 「 22 00 22 02」 

 これは日付なのか、時間なのか。今日は2月1日だが、明日2月2日の0時22分02秒のことか。そうなると、あと数時間後だ。

 今夜0時に何が起こるのか。これはおそらくジオヴァーナが送ってきたものだ、とカズアキは悟った。「高い城の男」ではなく「裏切り者と英雄のテーマ」だったか。彼女が言ったのは、現在のオルタナティブとしての選択肢のシナリオではなく、すでに誰かが英雄で、誰かが裏切り者ということか。いずれにしろ、これから彼女の言う、スピンが始まるのかもしれない。 

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