2069年のクォンタムスピン #03

「2069年のエンターテインメントと遺品整理」SF小説で未来のマーケティングを描く③

遺品はデータ化されて葬式はバーチャルに


 自宅に戻ると、母のイチカ・レヴィットから曾祖父のカズアキ・ミドウが亡くなったと知らされた。親戚の中では最も長寿だった曾祖父のカズアキ・ミドウは最近までAIからレイバーを請け負っていたらしい。

 母は曾祖父の長男レイジロウ・ミドウの娘である。母はトーキョーレジデンツのなかでも曾祖父と住むエリアが近かったので、一緒に遺品の整理をして葬式の準備を手伝ってくれ、ということだった。



「ひいおじいさんはどうして亡くなったの?」

 アキラは母に訪ねたが、要領の良い答えは返ってこなかった。もう亡くなってもおかしくない年齢だ、というのが大方の見方だろう。母の結論も「子どもは余計なことを考えなくてよい」というものだった。

 しかし、当局も何かしら不可解なところがあると言っていた。レジデンツの管理コミュニティから聞いた話では、テロリストのEMP障害があった日から行方不明になったそうだ。世界中のレジデンツデータを3カ月間トラッキングしても見つからなかったため、今日コミュニティは最終的に「ロスト」として死亡扱いを遺族に通知してきた。

 故人のサブブレインのデータは遺族の許可があればアクセスできるが、曾祖父の場合、行方不明だったせいかサブブレインは回収されていなかった。部屋は曾祖父の趣味で令和時代のものが多かったが、ひとつだけ残された2069年2月1日付のテキストがホームデバイスのメモの中から見つかった。再生してみると短いものだった。

 『the passages imitated from Shakespeare are the least dramatic(シェイクスピアを真似た台詞はまったく劇的ではない)』

  今度は日本語に自動翻訳されて、再度再生された。

 「シェイクスピア? ひいおじいさんはそんな仕事してたっけ?」

 「よくわからないわ。でもAIからのレイバーは多岐に渡っているから。何か関係しているのかもしれないし、そうでないかもしれない、祖父は歴史が好きだったから。でも、サブブレインがないなら、AIとのアクセスログをトーキョーレジデンツのオーソリティに依頼すれば、関わっていたレイバーの内容はわかるかもしれないわね」

 母は片付けながら素気のない声で言って、曾祖父の少ない遺品をスキャンしていった。この時代では故人の遺品はすべてデータでスキャンされ、故人の遺品として3Dデータ保存されるが、物理的な製品はリサイクルされる。

 訃報は生前にパーソナルウィル登録がされていれば、AIが故人の保管している交友関係データから自動的に知人や友人に通知リストが作成され、ソーシャルチップを通して送信される。葬式は遺族の意向により、バーチャルにもリアルにも実行できるが、最近の流行りはバーチャルでアバターが参列し、香典もローカルコミュニティ経由で収集されて遺族のソーシャルアカウントに送金される。

 火葬はグローバルカーボンニュートラル協定の規制によって2030年から全面禁止になっており、遺体は有機分解処理される。分解された後は社会的に有効活用される。

 「さっきのテキスト、検索してみたら、出典がわかったよ」

 アキラが言った。アキラは家に帰ってからリングをはずしてサブブレインに切り替えていた。

 「シェイクスピアじゃなかった。20世紀のスペインの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説『伝奇集』の一節だった」

 「ボルヘス?なんでわざわざ残したのかしら」

 「そこに何か意味があるのかも」

 サブブレインからAIの検索データを頭に入れながらアキラは言った。

 「よくわからないな。単に古い作家ってだけで」

 「じゃあやっぱり、レイバーの記録閲覧を申請するほうがいいかもしれないわね。それにはお祖母ちゃんや大叔父の許可が要りそうだけど」

 アキラは母の言葉を上の空で聞いていた。さきほどのボルヘスの『伝奇集』の一節があった章「裏切り者と英雄のテーマ」をサブブレインで読んでいたからだ。

 そこにはこんな言葉が書かれていた。

 『未来にはいつか誰か真実に気づくだろう…』

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