2069年のクォンタムスピン #03
「2069年のエンターテインメントと遺品整理」SF小説で未来のマーケティングを描く③
2020/02/21
インド洋上の研究所へチューブで移動
ジオヴァーナが眠っているうちに、「チューブ」は目的地であるインド洋上にあるアリスタルコス研究所に着いた。この時代の長距離の移動手段は、排出ガスを抑えるために飛行機ではなくグローバルガバメントが管理するカーボンフリートランスポートがメインで、地下や海中を通して真空の大きなハイパーループを高速で移動する「チューブ」が一般的だ。
チューブは20世紀で言えば鉄道のような列車型の移動手段であるが、コンパートメントはクラスによって分けられている。ジオヴァーナが選んだのはパーソナルキャビン型で、20世紀の飛行機でいうビジネスクラスにあたる。シートからフラットベットにもなるカプセルだった。ほかにもグループで過ごせるためのキャンプカーのようなコンドミニアム型もある。チューブは外が見えないが車内には人工的に昼間や夜を演出できるプロジェクションや「窓」も用意されている。
ジオヴァーナはチューブの中で高酸素濃度の回復型モードで3時間ほど睡眠をとった。トーキョーからの移動時間はわずか5時間程度である。
ジオヴァーナは目が覚めると、キャビンの中で部屋着を脱いで身支度をした。アリスタルコス研究所は洋上に設置されたドーム型で、その半分はグローバルガバメントが管理している研究施設である。チューブの「窓」からは、インド洋の美しい海が見える。またアリスタルコス研究所からは一本の柱のように天に延びた軌道エレベーターがある。
軌道エレベーターは、シャトルやロケットに変わって開発された最新のものだが、まだ世界にはここにしか存在しない。グローバルガバメントが管理する研究機関であるアリスタルコス研究所は、世界で最も宇宙開発や他惑星の資源開発のプロジェクトが進行する地上の施設で、軌道エレベーターも主に研究目的で使用されている。軌道エレベーターの先には衛星軌道上にアリスタルコス研究所と連携した宇宙空間上の実験施設であり実質プロタゴラスのコントロールセンターである「ウラヌス」がある。
ジオヴァーナは自分のチューブカプセルから出ると隣りにある別のパーソナルキャビンのボイスメモをタップして言った。「さあ、カズアキ、アリスタルコスに着いたわよ。」
カズアキは「ロスト」としてスマートシティへ
カズアキがアレキサンドリアに着く3カ月前のこと。2月2日の夜の突然のブラックアウトで意識を失った後に、次に目が覚めた場所は、一面真っ白で窓もないのっぺりとした部屋だった。
ひと目でここは自分のレジデンツの部屋ではないとは分かったが、病院なのか監獄なのかも区別がつかない。そもそもライフケアサービスを継続的に受けなければ、いつ死んでもおかしくない体なので、もしかしたらここは死体置き場で自分は霊となって自分自身を見つめているだけなのかとも考えた。
目を開けてしばらくしていると、自分が頭に包帯をまいていることに気が付いた。そしてAIにアクセスできないようだ。もしかするとサブブレインに障害があるのかもしれない。この部屋も、もしかしたらサブブレインがあれば違って見える場所なのかもしれない。視覚がいつものように鮮明に見えないのも、老眼用のセンサーエンハンスト調整が働いていないからなのだろうか。
そうすると、部屋に今まで見たことがないブロンドの老齢の女性が入ってきた。
「目が覚めましたか、カズアキ。私のことは覚えているかしら?」
顔は見覚えがなかったが、その声はたしかに聴いたことがあった。
「あなたは、もしかして、ジオヴァーナさんですか?」
「そう、ジオヴァーナよ。そして、ごめんなさい。あなたを結局巻き込むことになったわ。今あなたは世界に存在しない人になった」
カズアキは頭をおさえた。
「まさか、わたしのチップをはずしたんですか?」
アクセスできないのも体が急に衰えたのもそのせいか。
「これからあなたを連れて『ウラヌス』へ行くわ。あなたは『ロスト』扱いとして、新しいプロジェクトに関わってもらう。そう、この前わたしが言った、クォンタムスピンのためのね」
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