古川裕也が見たカンヌライオンズ

【特別寄稿:古川裕也】今年。カンヌライオンズは、何を捨てて何を取り戻そうとしたのか。

 

AIは適切に標準装備に。つまりテクノロジーは背景に


 2014年カンヌ。Innovation部門でグランプリを獲得したのが「アルファ碁」だった。カンヌ事務局がこっそり教えてくれたのだけれど、史上初めて、審査員全員が9点満点をつけたという。シンギュラリティはすでに取沙汰されていた。

 新しい技術やプラットフォームが登場すると、それを使うことを目的としたような仕事が大量に現れる。それが今年かと危惧していたが、早くもA.I.は前提となる技術のひとつに溶け込んでいた。アルファ碁の頃と違い、少なくともクリエイティブ・パーソンにとってはほぼ標準装備になったからだと思われる。そのぶん、ゲームチェンジングなアイデアは出現しにくいかもしれないけれど。

「Pedigree/Adoptable」

 Pedigreeのパーパスは、「世界から飼い主のいない犬をゼロにする」。様々な犬の特徴を学習したA.I.モデルを使って飼い主のいない犬のヴィジュアルをデジタル・サイネージに。すべてのデジタル広告をこのキャンペーンに使ったという。広告の目的にテクノロジーが完全に奉仕している。これが健全な形で、意思とアイデアはどこまで行っても人間の仕事だ。

 およそ16年間、僕たちが学校で学習したことはほぼA.I.にかなわない。大量に記憶する。それを忘れない。速く答えにたどり着く。基本間違えない。などなど。ただ、何が正解かわからないクリエーティブ仕事にとってA.Iが意味を成すのは、人間だけが持っている新しいゲームを設定する力、新しい問題を発見する力、新しい居場所を発見する力、説明できない何かを提示する力などが前提になるのだ。理由などなく闇雲に魅力的な何かを生み出す仕事は、人間に残されている。先に触れたHumourもHumanityもこのコンテキストで捉えるべきだろう。

 テクノロジーに方向性を与えることこそが、クリエーティブ・パーソンの仕事だ。
 

新しいBrandingと強制的に終わらされたパーパス騒動について


 カンヌは今年、post purposeを掲げた。「パーパスが終わったかどうか問題」について言えば、ことは簡単で、良いパーパス、つまりその企業でなくては言えないテーゼであり、大きく高い視座を持ち、社員がモチベートされ、世の中の期待値が上がるようなものであれば、「流行」であろうがなかろうが、長くブランドの力になる。そうでなければ、一過性どころか経営層の自己満足で終わる。それだけだ。

 今思えば、機能しているパーパスなど、実はごく一部だった。パーパス・ドリブン経営なるものがダメなわけではなく、ダメなパーパスがダメなのである。

 先に触れたPedigree/Adoptableは、「世界から飼い主のいない犬をゼロにする」という社会課題を含んだパーパスが見事なのであって、A.I.はそれを実現するための優秀な手段にすぎない。こういうブランドが流行によって価値を失うことは絶対にない。

 そのなかで、ブランディングという運動にも今年、大きな変化が見られた。

「CocaCola/Thanks for Coke-Creating」
 世界中の小売店が勝手に手書きのロゴを使っていたことを、むしろ積極的に認め、ブランド・ワールドに取り込んでいくという、キャンペーンというより、新しいグローバル・ブランディングの現状報告のような作品。

 ただし、レギュレーションに厳格なグローバル・ビッグ・ブランドが、寛容になったと捉えるのは本質を見誤る。

 今までのブランディングは、あくまで企業側が主役だった。要は、「Who we are」「What we can」を定義してそれを表現する。人々は永遠に受け手でありファンだった。彼らが送り手に回ることは永遠にない。この構図は半世紀以上機能してブランドとカスタマーのハッピーな関係を構築した。

 けれど、みんな気が付いているように、その関係性はもはやリアルではなくなっている。カスタマーこそ当事者であり、発信者であり、買い手という意味だけではなく主役なのだ。見事なブランディング広告を創って、それに世界がひれ伏すよりも、ブランディングの作業のプロセスに、カスタマーが関与する。いわば同じチームになる。ブランドは、ロゴデザインのような根幹部分まで、カスタマー、つまり外部の人たちと共有すべきものだという視座こそが新しいブランディングの本質になる。なぜなら、その方がみんな楽しいから。企業側にない視点を取り入れられるから。ブランディングのプロセスを共有できるから。そして、同じ目線でブランドに対するloveを育成できるからである。

 これは、ブランドの管理を緩めたというような次元のできごとではない。いわばdemocracyの試みといえるだろう。今後、この視座からのブランド・アクションは、メガブランドから広がっていくと思われる。

「JCDecaux/Meet Marina Prieto」

 スペインの広告会社による屋外広告のメディア価値を高めるためのキャンペーン。オワコンならぬオワメディア再生である。無名の100歳のおばあさんがごはんを食べたり、昼寝をしたり、日常の写真54枚を数百の屋外広告に掲出。彼女は無名であるがゆえに一躍スターになった。実はなかなか素敵な写真なのだけれど、普通、この被写体が有名になることはない。オンライン上での波及効果も実証する結果になり、街中で多く見かけることのパワーを再認識させた。屋外広告というメディアそのもののブランディングで、特定のメディアのブランディングの成功例はとても珍しい。これも無名の一市民をヒロインにしたことに意味がある。つまり、民主的態度が成功の理由である。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録