古川裕也が見たカンヌライオンズ

【特別寄稿:古川裕也】今年。カンヌライオンズは、何を捨てて何を取り戻そうとしたのか。

 

とはいえブランドとは歴史でありたたかいである


「Sydney Opera House/Play it Safe」

 ブランドとは歴史である。ブランディングとは時間軸においてなされる行為である。未来のことを語るには、その根拠としての歴史が必要。それを久しぶりに強く印象づけたのがこのフィルムだった。

 シドニー・オペラ・ハウスは、世界建築史上、最も揉めた案件として有名だ。当初の完成予定が1963年。実際に完成したのが1973年。最終的な建築費が1億200万ドルと言われ、当初予算の12倍とも15倍とも言われている(ただその負債を宝くじなどで、2年で返済したらしい)。問題は予算だけではない。皆さんご存じの建築は、当時大胆すぎて、というよりへんてこすぎて、デザイン的にも多くの「いかがなものか」に遭遇。結果10年遅れてやっと完成した。

 フィルムでは、「危険を冒すな」「同じことをやればいい」「自分の立場を知れ」など、クリエイティブを疎外するような退屈なリリックが並ぶ。おそらく、建設のプロセスで実際に浴びせられた言葉たちだろう。その間に、建築家ヨーン・ウッツォン含め作業の様子がインサートされる、ミュージカル・ドキュメントの形をとっている。ブランドの勇気だけが歴史を創るというのがコアアイデアだろう。ファクトベースの歴史ものは企業広告に多い。けれど、きれいごとだと失敗する。歴史がたたかいを意味する時だけ、キモチを動かすことができる。

 フィルム部門のグランプリを、人気でいえば今年いちばんの「Orange/WoMen’s Football」と共に受賞した。

 ちなみに、「WoMen’s Football」は、ジェンダー・イッシューのキャンペーンとしては、「Help Us」ではなく、「We Can」をコアアイデアにしてるところが新鮮だった。
 

ほんとうに役に立つ仕事群


 最近の重要な傾向として、地味だけれどほんとうに役に立つ仕事群の存在がある。昨年の「Korean Police Agency/Knock Knock」に代表されるように、キャンペーンとして優秀であることを超えて、ピンポイントでワン・イッシューに対するリアリティのあるアイデアであり、即、役に立つ施策だ。しかも、これらは横展開が可能だ。どの国でもやったらいいのにと思える仕事である。

 今年でいえば、

「Renault/Cars to Work」

 失業者は車が買えない。求職活動にも通勤にも支障があり、能力を発揮できない。ルノーが先に車を提供。就職して収入が安定してからローンで返済していく。

「NHK/KIKI」
 災害時、すぐに聴覚障害者にそれを伝えられないという課題。テキストを打ち込むと、ヴァーチャル・キャラクターのKIKIがリアルタイムに手話通訳を行う。聴覚情報を視覚情報に変換した。

「Dasa integrated health system/Blood Aid」
 ブラジル人の40%が自分の血液型を知らない。自分の健康リスクを把握し、ドナーなど他者を助けるためにも必要。けれど、面倒でなかなか検査にはいかない。そこで特殊な絆創膏を発明。つけると、絆創膏の表面に血液型が浮かび上がるようにした。

 どれも、お題を明解に絞りこみ、すぐに役に立つ。しかも、即横展開可能だ。

 表現においては、アイデアを考えた人に独占権がある。パクリは死刑だ。けれど、ソーシャルなアイデアの場合、一度世に出したアイデアは、よければ誰でもどこでも自由に使える方が価値がある。Filmなどの表現物とSocialとの決定的違いだ。

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