古川裕也が見たカンヌライオンズ
【特別寄稿:古川裕也】今年。カンヌライオンズは、何を捨てて何を取り戻そうとしたのか。
新しいルールをつくる
昨年、「The Government of Tuvalu/The First Digital Nation」はリザルトゼロでありながら、その構想の大きさから、議論を呼びつつチタニウム・グランプリを獲得した。これが示唆したのは、1年単位のソリューションの限界と、5年、いや10年単位でなければ不可能な大きくて新しいシステムやルール、トランスフォーメーションを、僕たちインダストリーも仕事にしていくべきではないのかという問いかけだった。なぜなら、その時間軸をむしろスタンダードにしなければ、まっとうなソリューションはおぼつかないから。
「DPWorld/The Move to -15°」
現在、世界的にマイナス18度に規定されている冷凍食品を配送する時の温度を、マイナス15度に上げることで、環境への負荷を減らすことをルール化するプロジェクト。
いわゆるソーシャル・グッドを目指す仕事のひとつの明解かつ実効的な到達点がnew ruleを創るということだろう。要は「強制力」を持つことだ。ESGのEなどはとくにそうだろう。ソリューションがほんとに実効性を持つには、新しいルールで人々の行動を規定することがいちばん効果的なのである。
「The National Sport of Kazakhstan」
カザフスタンでは夫から妻に対するDVが頻繁に繰り返されているらしい。サブタイトルのMoving domestic violence from the kitchen to the professional MMA-Ringでアイデアはよくわかる。家庭内での出来事をプロレスのリングでの人前の出来事に変換したということだ。silent tragedyであることが、この問題の肝なのがよく捕まえられている。楽しく大っぴらにしたことで、DV禁止法案がカザフスタンの国会を通過したという。法制化が決定的なゴールであることと、シリアスなテーマの時ほどHumourの力が有効ということがよくわかる。
「Heineken/Pub Museums」
New ruleというと単純に未来志向のようだが、歴史と伝統文化を保護するためにも、「強制力」は有効である。アイルランドにとってパブは、13世紀から続く国民の象徴的存在。けれど、ここ数年閉店が相次ぎ、その数が激減している。この国では、ミュージアムは政府から保護を受け、助成金を受け取る制度がある。そこで、パブをミュージアムにしてしまうというアイデア。ARを駆使したヴァーチャル・ツアー体験を設計した。新たに法を制定したわけではないけれど、存続のために法を活用した事例。ここでは、過去が未来を創ったことになる。