「ADFEST」萩原幸也氏レポート #05
「ADFEST 2025」受賞11作品をリクルート萩原幸也氏が解説、衝突の先にある新しい可能性が見えてくる
3. 予防のクリエイティビティ
「予防」の視点に立ったクリエイティビティは、社会や健康の問題が起こってから対応するのではなく、兆しの段階でそれに気づき、未然に防ぐアクションを設計することを意味します。これは単に「早期対応」という枠を超え、まだ社会的に課題として認識されていない現象やファクトに光を当て、人々の意識や行動を変えるための啓発的で構造的なアプローチを含んでいます。「問題が見えないうちから問いかける」ことを可能にするのは、数値や科学だけでなく、共感を引き出すストーリーテリングや、心を動かすビジュアルや体験の力が重要になります。
- 作品タイトル:「36 MONTHS - RAISING THE AGE OF SOCIAL MEDIA CITIZENSHIP」36 MONTHS
SNSが子どもたちのメンタルヘルスに及ぼす影響は、近年ようやく注目されはじめたトピックです。特に13~16歳の脳は、心理的発達において極めて重要な時期とされており、過度なSNS使用が精神疾患の一因となる可能性が指摘されています。オーストラリアで始まった、キャンペーン「36 MONTHS」は、ソーシャルメディアの利用開始年齢を13歳から16歳へ引き上げることを提唱し、目に見えにくいこの社会課題に対し、明確な「予防」の視点を提示。草の根の市民運動からスタートしたこのプロジェクトは、専門家や教育関係者の支持を受けながら、広く社会に議論を巻き起こし、最終的には議会での討論と歴史的な法改正という具体的な成果を生み出しました。

引用:ADFEST 2025
引用:ADFEST 2025
- 作品タイトル:「LOST IN TIME BRAND」JIAN AI ELDERLY CHARITY CENTER
アルツハイマー病において、最も重要かつ難しいのが早期発見と介入です。しかし現実には、アルツハイマー病患者の多くが発症の兆候を見逃し、適切な診断を受けないまま時間を過ごしてしまっていると言われています。このキャンペーンでは、アルツハイマーの初期症状のひとつとして「時計が読めなくなる」という特徴に着目。医療現場でも行われる時計の描画テストを通じて描かれた、患者による歪んだ時計のイメージをそのまま「時計ブランド」に仕立て、啓発のためのデザインプロジェクトとして発信。ブランド化されたこの「失われた時間」は、アルツハイマーの兆候を視覚的に捉えるだけでなく、「自分にも起こりうる変化」への気づきを促します。

引用:ADFEST 2025
4. インフルエンサーとのコラボレーション
SNSの普及によって個人の発信力が増す中、広告や広報の文脈で「インフルエンサーとのコラボレーション」は、すでに一般的な手法となっています。しかし、単に商品やサービスを紹介してもらうだけのコラボは、もはや十分ではありません。これからのインフルエンサー起用には、彼らが持つ独自の視点や専門性、フォロワーとの信頼関係をクリエイティブな切り口として捉え、それを商品やサービスの本質と掛け合わせていく設計が求められています。インフルエンサーを「メディア」ではなく「共創者」として位置づけた事例を紹介します。
- 作品タイトル:「CAR REVIEW GONE ASTRAY」NETFLIX THE SHADOW STRAYS
Netflixの映画『ザ・シャドウ・ストレイズ』は、カーチェイスが繰り広げられるアクション満載の作品で、劇中では車が容赦なく破壊されています。そこで同作品のプロモーションとして行われたのが、インドネシアで圧倒的な支持を集める自動車レビューYouTuberであるFitra Eri氏とのコラボレーション。 彼のチャンネル上で「映画に登場する車を本気でレビューする」というユニークなアプローチを展開。まるで現実の新車レビューのようなテンションで、激しく損傷していく劇中車を真面目に分析、評価していきます。

引用:ADFEST 2025
- 作品タイトル:「THE ORDINARY LIFE HEARING TEST」THE FOUNDATION FOR THE DEAF
タイでは、多くの人が定期的な聴力検査を受けておらず、若年層の間でも難聴が見過ごされるケースが増えています。そこで聴覚障害者財団は、30人以上の人気YouTuberや配信者と連携し、「The Ordinary Life Hearing Test」というプロジェクトを展開。その仕掛けはシンプルで、日常の雑談やライフスタイル動画の中に、2000~4000ヘルツの音声信号をさりげなく埋め込むことで、視聴者自身が「聞こえないかも?」と気づくきっかけをつくりました。この周波数帯が聞こえにくい場合、難聴の初期症状の可能性があることが動画の後半で示され、自然な流れで視聴者の行動変容を促しています。

引用:ADFEST 2025
引用:ADFEST 2025