古川裕也が見たカンヌライオンズ
【古川裕也 カンヌライオンズ2025 特別寄稿】新しい意味を持つと、そのインダストリーは進化する
昨年に続き、今年も古川裕也事務所 founder/CEO・クリエイティブディレクターの古川裕也氏による特別寄稿が実現した。
1954年に幕を開け、今年で第72回を迎えたカンヌライオンズ。 世界最大にして最高峰のクリエイティブアワードは、クリエイティブ産業の変化を鋭敏にとらえ、時代ごとの潮流を大胆に包摂しながら進化を続けてきた。その年ごとの作品やコンセプトを個別に眺めるだけでは、カンヌが発信する本質的なメッセージを読み解くことはできない。 このアワードから真の気づきや学び、そしてインスピレーションを得るためには、より大局的な視点で──すなわち「歴史」という軸から観察し、考察することが不可欠である。
ブランドとは何か。 クリエイティブとは何か。 クリエイターの使命とは何か。クリエイティブ産業の未来はどこへ向かうのか。変わりゆくものと、変わらないものを見定めながら、カンヌライオンズ及びクリエイティブ産業の変遷と、その中の一地点としての2025年を振り返る。
1954年に幕を開け、今年で第72回を迎えたカンヌライオンズ。 世界最大にして最高峰のクリエイティブアワードは、クリエイティブ産業の変化を鋭敏にとらえ、時代ごとの潮流を大胆に包摂しながら進化を続けてきた。その年ごとの作品やコンセプトを個別に眺めるだけでは、カンヌが発信する本質的なメッセージを読み解くことはできない。 このアワードから真の気づきや学び、そしてインスピレーションを得るためには、より大局的な視点で──すなわち「歴史」という軸から観察し、考察することが不可欠である。
ブランドとは何か。 クリエイティブとは何か。 クリエイターの使命とは何か。クリエイティブ産業の未来はどこへ向かうのか。変わりゆくものと、変わらないものを見定めながら、カンヌライオンズ及びクリエイティブ産業の変遷と、その中の一地点としての2025年を振り返る。

古川 裕也 氏
株式会社古川裕也事務所
founder/CEO クリエーティブ・ディレクター
新卒で証券会社に入社し、新規開拓営業で顧客基盤づくりを経験。
カンヌ・ライオンズ46回、D&AD、One Show、アドフェスト・グランプリ、ACCグランプリ、広告電通賞グランプリ4回、メディア芸術祭、ギャラクシー賞・グランプリ等400以上の広告賞を受賞。カンヌ・チタニウム、フィルム部門など4回、ACCフィルム部門審査員長、クリオ審査員長等内外多数の審査員を務める。日本人で初めて、D&AD アドヴァイザリー・ボードに就任。D&AD President's Awardsをアジア人で初めて受賞。D&AD President Lecture、Bdash等講演多数。
JR九州「祝・九州新幹線」、ポカリスエット「ガチダンス」、「Neo合唱」「でも君が見えた」宝島社「死ぬときくらい好きにさせてよ」、「嘘つきは戦争のはじまり」、「敵は、嘘」、リクルート「マラソン・すべての人生が素晴らしい」、GINZA SIX「目抜き通り」、森ビル:麻布台ヒルズ「Designing the Future」、キリン・サッカー日本代表応援キャンペーン「香川真司:応援される者」、アシックス「ぜんぶカラダなんだ」、日本経済新聞:Unstereotype action:「駄言辞典」、「マツコロイド」、Sayonara国立プロジェクト等を手掛ける。
著書に「すべての仕事はクリエーティブ・ディレクションである」がある。
株式会社古川裕也事務所
founder/CEO クリエーティブ・ディレクター
新卒で証券会社に入社し、新規開拓営業で顧客基盤づくりを経験。
カンヌ・ライオンズ46回、D&AD、One Show、アドフェスト・グランプリ、ACCグランプリ、広告電通賞グランプリ4回、メディア芸術祭、ギャラクシー賞・グランプリ等400以上の広告賞を受賞。カンヌ・チタニウム、フィルム部門など4回、ACCフィルム部門審査員長、クリオ審査員長等内外多数の審査員を務める。日本人で初めて、D&AD アドヴァイザリー・ボードに就任。D&AD President's Awardsをアジア人で初めて受賞。D&AD President Lecture、Bdash等講演多数。
JR九州「祝・九州新幹線」、ポカリスエット「ガチダンス」、「Neo合唱」「でも君が見えた」宝島社「死ぬときくらい好きにさせてよ」、「嘘つきは戦争のはじまり」、「敵は、嘘」、リクルート「マラソン・すべての人生が素晴らしい」、GINZA SIX「目抜き通り」、森ビル:麻布台ヒルズ「Designing the Future」、キリン・サッカー日本代表応援キャンペーン「香川真司:応援される者」、アシックス「ぜんぶカラダなんだ」、日本経済新聞:Unstereotype action:「駄言辞典」、「マツコロイド」、Sayonara国立プロジェクト等を手掛ける。
著書に「すべての仕事はクリエーティブ・ディレクションである」がある。
今年はよかった。久しぶりに。
30以上のカテゴリーを抱えてなかなか大きな方向性を見出せなかった最近のカンヌだけれど、今年は久しぶりにこれからのクリエイティブ・インダストリーを示唆する5日間になった。
クライアントとエージェンシー・クリエイティブの新しい関係
審査は密室で地味に行われる。審査員とカンヌ事務局以外はシャットアウトして。フィルムでもチタニウムでもどのカテゴリーでも同じである。
けれど、数年前から、ショートリストに残ったworksは、そのクリエイティブチームがふたり一組でプレゼンするシステムになった。もともとそうだったイノヴェーションに加えて、チタニウムとグラスもそのカタチに。プレゼン後に最前列に座っている審査員たちとのQ&Aがある。4-5問くらい。応募ビデオは2分。ゴールド以上は表彰式で上映されるのだけれど、1分の短縮版になる。実はこれではよくわからないものもけっこうある。なので、このプレゼンとQ&Aシステムはとてもありがたい。
プレゼンターは今までエージェンシーのクリエイティブチームからふたり出ていた。最近はちがう。特に今年はクライアントのCMOとエージェンシーのECDのセットが増えて、こちらがスタンダードといってもいいくらい。CMOがプレゼンチームに入ることは何を意味するのか。
事例1:AXA/Three Words
フランスの保険会社。今まで火災と洪水だった住宅保険の補償範囲に「Domestic Violence」を加えた。保険ビジネスの肝である契約内容変更からキャンペーンまでの仕事。
こういう案件にエージェンシー・クリエイティブが関与する時、新たな補償範囲が決まったあと、それを知らせるコミュニケーションを依頼されるのがふつうだ。けれど、これはそこからちがうのだ。
契約改訂内容から並走するのと最後のコミュニケーションだけ参加するのとでは、仕事の種類がまるでちがう。世の中にその企業の価値を伝えるというのが、おおざっぱに言って僕たちのミッションだとすれば、前者の方がより本質的より意義深い仕事になることは明らかだろう。「現実を観察してより意味のある契約内容を考える」これはずいぶんクリエイティブな仕事だ。
その時キーになるのが企業のCMOの存在だと思われる。商品設計はCMOが。そのコミュニケーションをクリエイティブが。という分業ではなく、商品やサービスを考える初期段階から一緒に始めるのだ。CMOとECDのセットですべてを。
幸いなことに持ち技はかぶらない。それぞれ固有の領域というのは意外に小さくて、どちらも考えるべき領域は意外に大きい。AXAの例も、「住宅保険の補償範囲ってこのままでいいんだろうか。もっといろんなことが家庭内で起きているのでは」というちょっとした違和感だったはずである。これはおそらくクリエイティブではなくCMOの最初の疑問だろう。
これが貴重なのだ。これがやがて説得力を持つのだ。そこから具体的なアイデアに持っていくところをCMOとECDのセットで担う。最近、クライアントの方たちと話す時、よく「ECDをもっと早く呼んでください」「りっぱなオリエンとかではなく、ふと思ったことをLINEしてください」と申し上げているのはこれが理由である。
クリエイティブの拡張・進化が言われて15年くらい経つ。カンヌのカテゴリーの増大(今年は30以上になってしまった)に見られるような種目の拡張もまあいいんだけれど、クリエイティブ・インダストリーの再生という観点から言えば、クライアントのビジネスの起点になるより枢要なところから僕たちの仕事を始めるべきだろう。もっとさかのぼるのだ。それがいわゆる拡張と掛け算になったとき初めて、僕たちのインダストリーは新たな姿を持つことになる。
事例2:Heralbony
チタニウムに限らずカンヌでは、誰もまだやってないことが評価される。その意味で、これは歴史的に見ても最高レベルの仕事だと言えるだろう。ヘラルボニーは、障害者の生み出すアートを起点にビジネスを創っている。ソーシャル×ビジネスというむつかしいことをアートという武器で成しとげている、日本で最もリスペクトされている企業のひとつである。
Creative Workとはふつう、企業や商品の社会的価値を高めるために存在する。けれど、これは、ヘラルボニーという会社そのものをクリエイションするという仕事であり、その全体が、つまり創設の哲学、存在意義、新しい価値の創造、ビジネスアイデア、コミュニケーション・アイデアなど、企業という運動体のすべてがクリエイティブであり、それを生み出している会社全体のcreativityが評価されたのである。これは実は画期的なできごとで、カンヌ史上初めての評価のされ方だ。
新しい景色をつくるために会社をつくる。そのために、社会意識を転換させる。世界をいごこちのいい場所にするのを妨げているのは、多くの場合社会意識のありようだから。企業価値を高めるためにいろんなアイデアがあるのではなく、企業そのものがクリエイティブ・アイデアであると認定されたのだ。
今年よく言われたのが、信頼こそが企業にとって今一番重要という言説だった。ブランドは通常、useful→like→trust→respectという風に、上位概念になっていく。最上位は決して信頼ではなくやはりrespectなのだけれど、それは順を追ってたどりつくわけではない。いきなりrespectを獲得してしまう企業がたまにある。その代表例がアップルであり、最近の代表例がヘラルボニーだと思われる。2社に共通しているのは、パーソナルな想いから出発して社会的に意味のある企業を創り上げているところにある。そのプロセスで、人の気持ちを深いところで動かし、それがビジネスに連結しているのだ。