古川裕也が見たカンヌライオンズ

【古川裕也 カンヌライオンズ2025 特別寄稿】新しい意味を持つと、そのインダストリーは進化する

 

歴史あるいは長期主義あるいはReal Story


 昨年、“Sydney Opera House”の事例を取り上げて、「ブランディングとは歴史であり、たたかいである」と書いたのだけれど、今年もそれを証明するようなふたつの仕事があった。
 
事例3:L’Oreal/The Final Copy of Ilon Specht

 2024年に亡くなったコピーライターIlon Spechtの生涯を描いた短編ドキュメンタリーが国際女性デーに20ヵ国で公開された。彼女は、50年前世界で最も有名なコピーのひとつ、“I‘m Worth It”で知られている。

 当時ロレアルは価格の高いブランドだった。「あなたは高級な化粧品を使うに値する。なぜならあなたは美しいから」というのがコピーの意味で、その美しさはあくまで男性から見たものだった。50年後。同じI’m Worth Itのコピーが新しい意味を持った。Ilonは晩年のインタビューで語っている。「男性目線の化粧品のコピーなんか書きたくない」。「大切なのは人間。人を思いやること。だって私たち全員に価値があるから」。

 同じコピーがBeauty文脈からHumanity文脈に置き換わったのだ。ロレアルは表面的な美しさではなく人間であることの美しさをセレブレイトするブランドに変化したのである。
 
事例4:Unilever/Real Beauty:How a Soap Brand Created a Global Self-Esteem

 小さな石鹸メーカーだったDoveがCampaign for Real Beautyを始めたのが2004年。それは、女性の2%しか自分のことを「美しい」と思っていないというインサイトから出発した。美しさの定義があまりに限定的でステレオタイプで、多くの女性にとってむしろ脅迫的な概念になっていた。そこから、Real Beautyとは何か、というより、本来ヒトの数だけあるはずの「美しさ」の新しい定義をキャンペーンに仕立てていく。20年かけて獲得したのは美に対する社会意識の変革とそれによってもたらされる女性たちの「自己肯定感」。Inclusiveの巨大なプラットフォームに成長した。L’Orealと同様、ブランドがBeauty文脈からHumanity文脈へ変貌したことになる。

 どちらのブランディングも長い歴史を持っている。ふたつの事例が支持を得て信頼されるのも、これが歴史でありほんとのことだからだ。短期的なワンショットの施策でブランドができるわけがない。カンヌもいよいよ1年単位の評価だけではなく、少なくともブランディングやソリューションに関しては、「長期主義」を取り入れ始めているのが、今年の特徴のひとつだ。

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