古川裕也が見たカンヌライオンズ

【古川裕也 カンヌライオンズ2025 特別寄稿】新しい意味を持つと、そのインダストリーは進化する

 

National Insight

 
事例8:Indian Railways:Lucky Yatra

 インドの鉄道では41%の人が運賃を払わない。年間8億ドル以上の損失だという。一方、インド国民がいちばんお金を使うのが宝くじで年間330億ドルになるという。このふたつのファクトがアタマのなかで並べられたとき素晴らしいアイデアが生まれた。切符を買うと、そこに記された購入番号がそのまま宝くじになるという仕組みで、切符の売り上げは34%増加した。

 最近広告はターゲティングが細分化されているけれど、これはその逆。国民みんなをいっぺんに態度・行動変容させた例。そのためにはおおざっぱに国民共通のインサイトを発見しなければならない。National Insightというべきものだ。ちゃんと切符を買いましょうというメッセージは、ほっておくと啓蒙・説教になる危険コース。この種のもっともらしく正しいお題の時こそ、センス・オブ・ユーモアが必要。さらに国民全体を巻き込む「祝祭性」と「ゲーム性」が必要。「花」がなければ退屈なことになって誰も反応せずに終わるだろう。

 

新しい意味を持つと、そのインダストリーは進化する


 今年。チタニウムのクライテリアは、”First Domino”だった。このカテゴリーの最初のグランプリは、BMWのBranded Film。FilmがもはやTVCMの形だけではないということ。クライアントの価値を高めるためのBranding Creativeの仕事は、もっと多様で自由で豊かであるということを仮説ではなく数本のムービーで証明した。カンヌにおけるFilmの概念がこれでがらりと変わった。1枚目のドミノとは、誰も成し遂げてないカテゴリーチェンジであるだけでなく、そのあと2枚目以降のドミノのように誰もがそこから次のことを始めていく。その端緒足りえる仕事という意味だ。ここ数年みんなが求めていた素晴らしいクライテリアだと思う。

 もちろんどこまで行っても僕たちの仕事でいちばん重要なのは、いいアイデアとその最終形である。けれど、今年はこれからのインダストリーのありようを変容させる示唆に富んだ受賞作が多かった。

 方向性でいえば、長期主義。クライテリアとエージェンシーとの新しい関係値、つまり仕事のやり方そのもの。さらには、商品でもサービスでもなく会社そのもののクリエーション。民主化。広場機能。個人のインサイトではなく国民全体等大きなインサイトなどなど。まだFirstの段階でDominoになるかどうかはわからないけれど、ひとつのworkレベルではなく、インダストリー全体の大きな流れがいくつか姿を現した年だった。それがより明確な形をとり、みんなの気持ちを動かすためには、やはり、優れたcreative workの出現が必要。方向性とは、具体的な傑作が現れることによって初めて意味をもつものなのである。
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