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サイバーエージェント「新たな細胞 Cybor.」代表が見た、世界最大の二輪展示会EICMAが体現するリアルイベントの価値

 

AI時代における体験価値の相対的向上


 SNSをはじめとするインターネット上の動画コンテンツは増え続けている。そこに生成AIが加わり、今後は制作と流通がさらに加速して、あらゆる領域で膨大な映像が生まれてくるだろう。良い側面がある一方で、映像そのものの信頼性(本物かフェイクか)を見極めにくくなるリスクも高まっている。AI生成動画はアルゴリズムとの相性が良く、今後ますます量産されていくと考えられる。

 ブランディングの視点でいえば、映像を活用した広告展開は依然として有効な手法だ。しかし、動画コンテンツが爆発的に増殖し、あらゆるフィードが「AI的に最適化された動画」で埋め尽くされていく未来を考えると、その効果が従来以上に高まるとは言いがたい。映像環境が飽和すれば、映像の一つひとつが持つ「心を動かす力」は相対的に弱くなる。

 その一方で、フィジカルな体験の領域は、まだAIの侵食が限定的なままで残っている。「身体を通して得られる情報」は、AIでは生成も代替もできない。動画コンテンツの爆発的増殖が進むほど、ブランドに対して個人的なつながりや感情の揺らぎを生むのは、むしろリアルな体験のほうが優位になっていく可能性が高い。

 イギリスのメーカー TRIUMPH は、シンプルなブース設計ながら、来場者が自然に跨りやすいバイク配置がなされており、多くの人が実際に跨りながらその感触を確かめていた。ブース内にはイギリスを代表する楽曲が流れ、体験と空気感の双方からブランドの世界観を伝える設計となっている。
 
来場者が実際に跨りやすいようバイクが配置されていたTRIUMPHのブース

 イタリアを代表するメーカー DUCATI は、コーポレートカラーである赤を際立たせた配色で構成され、どの視点から切り取っても一目でDUCATIらしさが伝わるブースとなっていた。
 
コーポレートカラーである赤を際立たせた配色で、DUCATIらしさが伝わるブース

 同じくイタリアの Vespa は、ファッション性を前面に押し出した世界観が印象的で、ヘルメットの展示やモデル着用の服装まで含め、トータルでコーディネートされている。ブース内には多彩な色が効果的に配置され、写真映えを意識した設計となっていた。
   
ファッション性を前面に押し出した世界が印象的なVespaのブース

 日本の Honda ブースでは、注目モデルである V3R 900 が会場センターの高い位置に設置され、混雑時でも視線を集めやすく、写真や動画に収めやすい構成となっていた。バイク背面にはLEDを配置し、車両と映像が一体となって映り込むことで、UGCとして切り取られた際にも主役がぶれない展示設計がなされていた。
 

 


 YAMAHA は青を基調としたカラーリングに加え、ネイキッドやオフロードなど車種タイプ別にゾーニングを行い、来場者の導線や滞留も含めて、客層が自然に分散される構成となっていた。
 
車種タイプ別にゾーニングすることで、客層が自然に分散される構成となっていたYAMAHAのブース

 BMW Motorrad は、レース会場のピットを思わせる空間演出が特徴的で、タグラインである MAKE LIFE A RIDE が写真や動画にも収まりやすい位置に配置されている。体験とメッセージが同時に伝わる設計だ。
 
BMW Motorradのブースは、タグラインである MAKE LIFE A RIDE が写真や動画にも収まりやすい設計

 各社とも、バイクに触れられる体験設計を軸にしながら、UGCを含めたメディア拡散を意識したブースづくりに工夫を凝らしており、それぞれのブランドらしさが異なる形で表現されていた。
 

体験が生む「熱源」と、デジタルが拡張する「共鳴」の循環構造


 EICMA開催直後には、詳細な動画レポートが世界中を駆け巡る。しかし多くの人は、映像で得られる情報以上のものを求め、あえてフィジカルな会場へ足を運ぶ。映像によるヴァーチャル体験はフィジカルを代替するものではなく、互いを補完し合う相互作用の関係にある。

 この関係性を成立させる前提として重要なのが、コンテンツに宿る“熱”だ。InstagramやTiktokなど、プラットフォーム毎のアルゴリズムをハックしながら映像を流通させる手法は存在するが、最終的に視聴者の心を動かすのは、そこに込められた熱量に他ならない。むしろ、熱を帯びたコンテンツこそが、強力なアルゴリズムハックともいえる。

 EICMAの会場には、さまざまなタイプの個人クリエーターが混在している。純粋にバイクを愛し、その情熱のままに撮影する者もいれば、バイクへの興味は薄くとも、どのブースに熱が宿っているかを嗅ぎ分け、誰よりも早くアップするビジネスライクな者もいる。良し悪しはさておき、現場の“熱源”を捉えた者が、結果として熱量のあるコンテンツをつくり、拡散を生む。こうした体験の熱は、インターネット上での拡散と相互に作用し、価値をさらに押し上げていく。フィジカルの熱が映像へ移り、映像の拡散が再びフィジカルへの欲求をかき立てる──EICMAは、この熱源と共鳴の循環を最も強く実現している場のひとつと言える。
 

EICMAからヒントを得るブランディングの未来


 EICMAを見て感じるのは、これからのブランディングに必要なのは「情報を届ける力」よりも「人を動かす起点をつくる力」 だということだ。

 AIが情報を無限に増殖させ、映像が飽和し、アルゴリズムが最適化を続ける世界では、情報そのものの差別化はますます難しくなる。だからこそブランドは、フィジカルな場で「熱源」を生み出すことが、これまで以上に重要になっていく。人がブランドに惹かれる瞬間は、スペックなどの合理的な比較ではなく、より感覚的で身体的な領域に宿る。
 

 実物を前にしたときの存在感、音、重さ、空気の揺らぎ──それらすべてが、数字では語れない“心のスイッチ”を押す。EICMAの会場で生まれる高揚感は、まさにその瞬間の連続だった。この深い衝撃が、人とブランドとの関係を動かす起点になる。そして、リアルで生まれた熱はデジタルに移り、そこで増幅した熱が、再びリアルへと人を呼び戻す。その往復運動は、ピストンの往復運動がエンジンに回転力を生み出すように、ブランド価値を持続的に加速させていく。

 あらゆるものが高速にコモディティ化していく時代において、人とブランドの間に深い結びつきを生む「最初の一撃」をどこで、どのように生み出せるか。その重要性は、今後さらに増していくことになるだろう。
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