【リレー連載】アジア市場を攻略するローカルインサイトとナラティブ戦略 #1
ポカリスエット・キシリトールガムに見る、激動のアジア市場攻略の鍵は「ナラティブ」【リレー連載Vol.01 本田哲也氏】
2026/04/27
アジア市場は、日本企業の今後の成長を左右する最重要エリアのひとつである。しかしその一方で、アジア各国の市場環境は、たとえ隣国であっても大きく異なり、文化的・社会的背景の多様性が日本企業の進出における高い障壁となっている。こうした状況を踏まえて発足したのが、シンガポール・タイ・インドネシア・ ベトナム・マレーシア・フィリピンの6ヵ国を代表するPRストラテジストが結集し、日本企業のアジア進出を支援するコレクティブネットワーク(専門家組織)「PR Collective Asia」である。
参考:アジア市場におけるPR戦略の専門家組織「PR Collective Asia」発足
本連載は、PR Collective Asiaを構成するPRストラテジストによるリレー形式で展開する。各執筆者がこれまで手がけてきたコミュニケーション戦略を振り返りながら、各国の文化・宗教・商習慣・メディア構造といった特徴を紹介する。第1回は、PR Collective Asiaを統括する本田事務所・本田哲也氏が担当する。日本企業のアジア進出を阻む構造的な課題を指摘するとともに、成功に不可欠な2つの要素「ローカルインサイト」と「ナラティブ」について事例を交えて解説する。
参考:アジア市場におけるPR戦略の専門家組織「PR Collective Asia」発足
本連載は、PR Collective Asiaを構成するPRストラテジストによるリレー形式で展開する。各執筆者がこれまで手がけてきたコミュニケーション戦略を振り返りながら、各国の文化・宗教・商習慣・メディア構造といった特徴を紹介する。第1回は、PR Collective Asiaを統括する本田事務所・本田哲也氏が担当する。日本企業のアジア進出を阻む構造的な課題を指摘するとともに、成功に不可欠な2つの要素「ローカルインサイト」と「ナラティブ」について事例を交えて解説する。
ASEAN進出の拡大と、日本での勝ち方が通用しない理由
日本市場は人口減少および高齢化により、頭打ちが続いている。2050年には人口の約4割が65歳以上になり、GDPも2020年から2030年の10年でわずか1.2倍にとどまると予測されている。国外に活路を求めることは、日本企業にとってもはや急務である。
一方、東南アジアの人口はすでに6.9億人に達し、2050年には7.5億人超と増加の一途をたどっている。私は3年前からシンガポールに住んでいるが、活気と成長の著しさを肌で感じている。日本企業の国外進出先として、ASEANの存在感はますます増しているのだ。
<執筆者>
本田哲也氏
本田事務所 代表取締役 / PR ストラテジスト
「世界でもっとも影響力のある PR プロフェッショナル 300人」に 『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。2006年にブルーカレントを設立し代表に就任。2009年に「戦略 PR」を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。2023 年にシンガポールに活動拠点を移す。著書に「戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則」「ナラティブカンパニー 企業を変革する 『物語』の力」「パーセプション 市場をつくる新発想」など多数。世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。2024年には、世界的な PR 業界情報機関である PRovoke Media の 「Innovator 25 Asia-Pacific 2024」に選出。
本田事務所 代表取締役 / PR ストラテジスト
「世界でもっとも影響力のある PR プロフェッショナル 300人」に 『PRWEEK』誌によって選出されたPR専門家。2006年にブルーカレントを設立し代表に就任。2009年に「戦略 PR」を上梓。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より株式会社本田事務所としての活動を開始。2023 年にシンガポールに活動拠点を移す。著書に「戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則」「ナラティブカンパニー 企業を変革する 『物語』の力」「パーセプション 市場をつくる新発想」など多数。世界最大の広告祭カンヌライオンズでは、公式スピーカーや審査員を務めている。2024年には、世界的な PR 業界情報機関である PRovoke Media の 「Innovator 25 Asia-Pacific 2024」に選出。
とはいえ、日本企業のブランド価値が揺らいでいるわけではない。ASEANのどこの国に行っても、日本の人気は確固たるものだ。外務省の「対日世論調査」(2024年)によれば、日本への友好度・信頼度は9割を超える。また、日本の製品が気に入ったことがきっかけで、来日する例も増加している。
さらに日本企業のアジア進出は増加しており、経済産業省「通商白書」(2024年)および「海外事業活動基本調査」(2022年)によると、ASEAN投資額は2013年の8.4兆円から2022年には16.8兆円へ、現地法人の経常利益も2.1兆円から4.3兆円へと、いずれも10年間でほぼ倍増している。追い風は、確かに吹いている。
しかし、アジア進出の際のマーケティング、特にコミュニケーションやPRの観点では大きな課題が見て取れる。ASEANと一言で言っても多様性に満ちていて、宗教も、文化も、言語も、そして商習慣も異なる。これまで日本企業が培ってきたのは、共通の言語と文化的背景を持つ1億2000万人への発信だった。その経験が、ASEANではそのまま通用しない。
日本製品のクオリティへの信頼は、すでに十分に獲得されている。これからの課題は、その製品がその国の人の人生や生活をどう変えうるのかを伝えるコミュニケーション設計、つまり「ナラティブプランニング」である。
ポカリスエット×インドネシア:ナラティブの転換が市場を動かした
非常にわかりやすい話として、大塚製薬の「ポカリスエット」のインドネシア進出の例を挙げよう。これまでにもメディアなどで取り上げられているので、ご存知の方も多いかもしれない。
日本でポカリスエットといえば、発汗で失われる水分と電解質(イオン)を素早く補給できる機能性飲料として、スポーツの後や入浴後、二日酔いの後などに好まれる国民的ドリンクである。
インドネシアで現地企業と合弁会社を組み、本格的にポカリスエットの販売に乗り出したのが1999年。当初、日本と同じアプローチをしても全然売れなかったという。なぜなら、イスラム教徒であるため飲酒習慣がなく、二日酔いがないからだ。加えて入浴やスポーツの習慣も日本とは異なる。日本でのナラティブが一切通用しなかったのである。
そこで目をつけたのが、イスラム教徒の宗教的慣行である「ラマダン」だ。ラマダン中は水も飲まないため、「脱水」が問題になる。ラマダン明けに適した飲み物として訴求したところ、約2億人のインドネシア人が「自分ごと」として捉えるようになり、大成功を収めた。実際に私自身、ジャカルタ出張でホテルのミニバーを開けたとき、そこにポカリスエットが入っているのを見て、その浸透ぶりを肌で実感した。
ポカリスエットのデザインや中身は何ひとつ変えていない。変えたのは、ローカルインサイトに根ざしたナラティブだけ。それで、インドネシアでも市場が生まれた。アジア進出におけるPRの本質が、この一例に凝縮されている。
ロッテ×ベトナム:キシリトールガム「Smart Habit」キャンペーン
もうひとつ、最新の事例として、本田事務所でサポートした、ベトナム市場におけるロッテ「キシリトールガム」の啓発キャンペーンを紹介しよう。
「歯の健康が保たれる」として、1997年からロッテが販売し、日本において一大ブームを巻き起こした「キシリトールガム」。ベトナムでもキシリトールガムは流通しているが、日本とは異なる社会状況があった。子どもの「虫歯」の現状だ。
ベトナムでは5~6歳児の8割ほどに虫歯が見られる。対して、日本の子どもは3割ほど。こうした状況においては、製品のプロモーションや広告もさることながら、キシリトールの摂取を「習慣化」させていく戦略PRの取り組みが重要になる。そこで展開したのが「Smart Habit」キャンペーンだ。
ベトナムは社会主義国家であり、同国におけるテレビや新聞は「国家による情報発信」という性格を強く帯びている。毎週月曜日には情報通信省が伝えるべき「ニュース課題」を設定し、それが地方局やジャーナリストに順番に伝達される。こうして報道の方向性が決まっていく。
しかし一方で、こうした国家主導の情報環境にも、個人が主体的に発信するSNSの波が押し寄せている。最も存在感があるのがFacebook。人口の95%が利用しているといわれ、若年層の利用離れが指摘されるものの、いまだ圧倒的な強さを誇っている。また日本のLINEに似た「Zalo(ザロ)」というアプリが、国内で最も普及しているコミュニケーション手段となっている。
おのずと、啓発PRはSNS中心に実行される。たとえば夏休みに、歯磨きの後にキシリトールガムを噛む「習慣」をつけていくことを提案する。影響力のあるママインフルエンサーと共に啓発コンテンツを制作したり、ポッドキャストで番組をつくるなどして、「習慣化」に向けたキャンペーンを展開した。
こうした一連の取り組みを通じて、現地消費者からは「オーラルケアに対する見方が変わった」 「子どものスマートな習慣を築くことに決めた」 といったポジティブなフィードバックが多数寄せられ、認識・行動変容へと繋がった。
2025年には、この勢いを維持しつつ、SNSでの発信と並行して親世代を対象としたオフラインの啓発イベントを積極的に展開する。また、ガムに加えて、さらに低年齢層向けタブレットの上市により、「習慣化の手段」をプロダクトで補完する戦略を加速させた。
2026年現在も、社会課題の解決とプロダクトの存在意義を直結させたナラティブを通じ、単なる啓発の枠を超えた強固なLTVの構築を図っている。




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