HANNOVER MESSE 現地レポート #04

シーメンスCEOとメルツ首相が示した「産業・AI」の具体的将来像 世界最大級の産業技術見本市「Hannover Messe 2026」【電通 森直樹氏】

前回の記事:
ソニーのAI搭載センサーや住友電工の革新素材、「Hannover Messe 2025」で示した日本の活路【電通 森直樹氏】
  高い国際競争力を誇る日本の製造業BtoB領域。工作機械や半導体製造装置、産業用ロボット、ファクトリーオートメーション、素材など、製造業のバリューチェーンを支える数多くの企業や世界シェア上位を占める製品群が、日本経済にとって非常に重要な存在であることは疑いない。一方で、その領域のマーケターが同じ分野の海外トップ企業による最新の取り組みや発信をスピーディー・包括的に知る機会はそう多くない。

本連載はそんなマーケターや企業のヒントになればと、海外のビジネスカンファレンスを10年以上にわたりウォッチしてきた電通の森直樹氏が、世界最大級の産業技術見本市「Hannover Messe 2026」について現地からレポート。第一弾は世界的テクノロジー企業Siemens(シーメンス)CEOのRoland Busch 氏と、フリードリヒ・メルツ首相による基調講演を紹介する。ドイツ経済界・政界を代表するトップの言葉を通して、欧州製造業の最前線にキャッチアップするとともに、自社のマーケティングに役立つ知見を探ってほしい。
 

Hannover Messeに注目すべき理由


 ドイツ・ハノーバーで2026年4月20日から24日にかけて開催される「Hannover Messe 2026」。世界60ヵ国以上から4000社を超える企業・団体が出展し、約13万人が来場する製造業最大規模の国際展示会の公式テーマは「Think Tech Forward」を掲げ、産業界の未来を占う一大カンファレンスとして世界に存在感を示している。今年は1600人を超える登壇者による講演プログラムが予定されており、これまた過去最大規模。まさに製造業の業界トレンドが凝縮された5日間になりそうだ。

   
Hannover Messe会場の様子。エントランスにはパートナーカントリーであるブラジルのモニュメントが設置されている。

   日本のビジネスパーソンにとって、CES(米国ラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジー見本市)やMWC(スペイン・バルセロナで開催される世界最大級のモバイル関連技術展示会)に比べると、Hannover Messeの知名度はまだ高くないかもしれない。

 しかし、Siemens、Microsoft、NVIDIA、SAPといったBtoB領域におけるグローバルリーダー企業が、製造業にフォーカスした最新の戦略と取り組みを世界に向けて発信する場になっているのがHannover Messeだ。そして今年、特に注目を集めるのが「AIの現在地」。Industrial AI(産業用AI)について各企業がどう発信するかが、イベント全体の横串のテーマと言ってよいだろう。

 Hannover messe 2026 は「自動化とデジタル化」「エネルギーと産業インフラ」「研究と技術移転」の3つのハブで構成され、AIを活用したスマートインダストリー、自律型ロボティクス、デジタルツイン、サイバーセキュリティなど、製造現場の変革を加速するソリューションが一堂に展示されている。昨年に引き続き、今年もハノーバーの地にやって来た筆者が、日本の製造業、BtoB企業のマーケターに示唆をもたらすセッションを厳選して紹介する。

 

Siemensが提唱する「Industrial AI」とは?戦略からスケールの時代へ。


 まずは欧州製造業エコシステムの王者であるSiemensのCEO、Roland Busch氏が開幕初日に行った基調講演からお届けしよう。

 Busch氏は「Industrial AI」を掲げ、ドイツ産業界の未来をAIに賭ける覚悟を語った。デジタル化の遅れや投資の停滞、官僚主義的なプロセスといったドイツ産業界が直面する構造的な課題を率直に指摘し、「Data must be designed(データはデザインされなければならない)」と提唱。産業データの設計思想そのものを問い直す必要があると宣言した。

 たとえばPLC(工場の生産設備を自動制御する専用コンピュータ)のプログラミングから現場のエンジニアリングまで、データ設計が欠落したままでは産業のデジタル変革は進まない。同氏はその危機感を会場に共有した上で、Software Defined Hardware(ソフトウェアによってハードウェアの機能や動作を柔軟に変更・再構成できる設計思想)とIndustrial AIの「融合」を突破口として示した。

 さらに、LLMの産業応用については、クラウド上の汎用AIをそのまま工場に持ち込むアプローチを明確に否定。ハイパースケーラーが提供するLLMは、産業プロセス(生産工程、品質検査、物流オペレーション)のコンテキストを持たないといい、「必要なのは機械のデータ、現場のドメイン知識と結合した産業特化型AI」であると指摘した。そして、工場のエッジデバイス上でERP(ヒト、モノ、カネ、情報の一元管理)プロセスや生産ラインを直接的に最適化し、生産性と品質を同時に引き上げることこそが、Siemensの描く「Industrial AI」だと力強く強調した。

 「ドイツには世界に誇る産業基盤がある」と語るBusch氏。製造インフラ、ロボティクスなどの強みにAIを掛け合わせることで「次のIndustrial Revolutionはドイツから始まる」と訴え、「Made for Germany」の旗印のもと、「変革の主役」たる中堅企業やスタートアップにSiemensが「変革のパートナー」として伴走する姿勢を鮮明にした。

   
基調講演に登壇するSiemens CEO Roland Busch氏。
 

メルツ首相が掲げた「国家としてのAI戦略」


 SiemensのBusch氏に続いて、初日の基調講演には地元ドイツのフリードリヒ・メルツ首相が登壇した。首相は政治と産業界との「新しい協力の形」を打ち出し、まずはドイツの官僚主義と規制の重さが産業競争力を削いでいる現状を認め、成長と競争力のための改革を「今すぐ」実行する必要があると明言。特にEU域内のAI規制について「現在の枠組みは産業AIには窮屈すぎる」と訴え、「産業用AIにはより大きな規制の自由度が必要だ」と踏み込んだ発言をした。

 さらに注目すべきなのは、具体的な「ハイテク・アジェンダ」を提示した点にある。マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジー、核融合、クリーンエネルギー技術、そしてAIに至るまで、これらを「国家の重点技術領域」と位置づけ、「2030年までにAIデータ処理能力を4倍以上に引き上げる」ための具体的な投資計画を表明した。「文句を言うのは簡単だが、行動するのは難しい。我々は行動する用意がある」という首相の言葉には、ドイツ産業界への力強いコミットメントが表明されている。

  
基調講演に登壇するドイツのフリードリヒ・メルツ首相。
 

トップが示した具体的な将来像


 二人の基調講演は、ドイツをはじめ欧州の製造業における先行的な取り組みと、AI・データ中心のエコシステム構築に向けた現在地および将来像を示唆するとともに、ものづくりとIT・AIが一体となって変革を進める姿勢を浮き彫りにした。個人的には、企業トップが具体的な将来像を示している点も印象深かった。日本の製造業の広報担当者やブランド責任者にとっても、欧州企業トップによる解像度の高いプレゼンテーションから得られる示唆は多いのではないか。(第二弾に続く)
 

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