【リレー連載】アジア市場を攻略するローカルインサイトとナラティブ戦略 #04

動画ファーストのタイ市場で「長年の信頼」を「ブランド愛」へ変える“3C戦略”とは【リレー連載Vol.04 タイ】

前回の記事:
韓国・中国ブランドの存在感が増すマレーシア 日本ブランドに求められる「本気のローカライゼーション」とは【リレー連載Vol.03 マレーシア】
 アジア市場は、日本企業の今後の成長を左右する最重要エリアのひとつである。しかしその一方で、アジア各国の市場環境は、たとえ隣国であっても大きく異なり、文化的・社会的背景の多様性が日本企業の進出における高い障壁となっている。こうした状況を踏まえて発足したのが、シンガポール・タイ・インドネシア・ ベトナム・マレーシア・フィリピンの6ヵ国を代表するPRストラテジストが結集し、日本企業のアジア進出を支援するコレクティブネットワーク(専門家組織)「PR Collective Asia」である。

参考:アジア市場におけるPR戦略の専門家組織「PR Collective Asia」発足

  本連載は、PR Collective Asiaを構成するPRストラテジストによるリレー形式で展開する。各執筆者がこれまで手がけてきたコミュニケーション戦略を振り返りながら、各国の文化・宗教・商習慣・メディア構造といった特徴を紹介する。

 4回目となる今回は、タイ市場に注目する。数十年にわたり、「Made in Japan」はタイにおいて揺るぎない品質と信頼の象徴だった。しかし、2026年半ばを迎え、これまで築いてきたブランドの評判だけでは、急速に成長する積極的なグローバル競合から市場優位性を守ることは難しくなっている。

 執筆を担当するのは、20年以上にわたって、戦略コミュニケーションおよび危機管理の分野で活躍するタイを代表する PR ストラテジスト ソフィス・カセムサハシン氏。市場での優位性を維持するため、日本企業が取り組むべき重要な意識変革は、ブランドを「高く評価される存在」から「深く愛される存在」へと進化させることだと語る。
 

動画ファースト国家とクリエイター・トライブ


 タイは、非常にインタラクティブで動画中心のエコシステムを持つ国であり、ASEAN最大級の動画配信市場です。

 従来型の東アジア市場とは異なり、タイの消費者は「読む」よりも「見る」ことで情報を得ています。ポッドキャストでさえ動画視聴が前提となっており、1日平均2.5時間が動画視聴に費やされています。

 そのため、従来のような文章中心の企業発表や情報発信では、この市場に十分届きません。

<執筆者>
Sophis Kasemsahasin ソフィス・カセムサハシン
Brand Foresight 創業者 兼 CEO

  20年以上にわたり、戦略コミュニケーションおよび危機管理の分野で 活躍するタイを代表する PR ストラテジスト。世界的な PR 会社フライシュマンヒラードにて、タイ法人創業マネージングディレクターとして グローバル企業および政府の変革期を支援。タイ政府の「Rebranding Thailand」や2011年洪水危機対応、2022 年 APEC CEOサミットを主導した。HP、TikTok、AstraZeneca などのグローバル企業をはじめ、三菱UFJフィナンシャルグルー プ、日産自動車、キッコーマンなど、日本企業との実績も多数。

 さらに、マス向けの一斉訴求から、「トライブマーケティング(コミュニティ単位でのマーケティング)」へと変化しています。

 現在のタイのPR活動では、ナノインフルエンサーやマイクロインフルエンサーが、信頼されるコミュニティリーダーとして重要な役割を担っています。

 消費者は単なる購買情報ではなく、エンターテインメントや社会的なつながりを求めています。そのため、ブランドが存在感を維持するには、コミュニケーションに「視覚的な魅力」と「感情的な温度感」を取り入れる必要があります。

編集部参考:タイの人気YouTuber

PEACH EAT LAEK
タイで最も人気のあるグルメ・大食い系YouTuber。チャンネル登録者数912万人。

Kaykai Salaider
タイを代表する女性YouTuberの一人。コメディ、チャレンジ、Vlog(日常動画)など配信。チャンネル登録者数1720万人。
 

沈黙のジレンマ」の危険性


 この変化の激しい環境は、日本企業のコミュニケーションにおける最大の課題である「沈黙のジレンマ」へと直結します。

 日本企業の文化では、コミュニケーションは「安心感」と「絶対的な正確性」に深く根付いています。公に発信する前には、内容が完璧であることが求められ、複数階層による社内調整や、東京本社による承認プロセスを経る必要があるかもしれません。

 しかし、タイのSNS環境では、市場の論調や世論は数分単位で変化します。

 日本ブランドが危機対応や市場トレンドへのコメント承認に48時間を要している間に、会話の主導権は、より迅速に動く競合ブランドに奪われます。タイの高速なデジタル環境において、沈黙は疑念と受け取られるのです。

 ブランドが2日間沈黙すれば、消費者は「戦いに負けているのではないか」、あるいは「そもそも関心を持っていないのではないか」と考えてしまうでしょう。

 一方で、先進的な日本企業はこの壁を乗り越えるため、「体験価値(Quality of Experience)」を軸にした温かみのあるストーリーテリングへとシフトしています。そして、タイにおける長期的な投資や関係性という強みを発信しています。彼らは、単なる技術的な完璧さではなく、消費者の「今この瞬間の感情」とつながることの重要性を理解し始めています。
 

タイ市場における新しい関係構築のルール


 このギャップを埋めるため、日本ブランドは行動様式を変える必要があるでしょう。

「礼儀正しく、信頼できるが、まだ外部者である完璧なゲスト」のように振る舞うのではなく、素早く行動し、現地のユーモアを理解し、感情的につながる「親しい友人」のような存在になることが求められています。

 この変化は、以下の「3C戦略」によって実現できます。
 

1)Connection(つながり):ブランドを人間化する

 コミュニケーションの物語を、冷たい企業メッセージから脱却させ、「自分たち(I)」中心の発信から「あなたと私たち(You & We)」の発信へ変えていかねばなりません。タイの消費者が求めているのは、無機質なコピーではなく、本物らしさです。

 成功には、真の信頼関係、自然な交流、そして積極的なコミュニティ形成が不可欠です。ブランドの「人」を前面に出しましょう。現地で働く社員、デザイナー、そして日本のものづくりの背景にある職人や社員の情熱を伝えることが重要です。
 

2)Control(コントロール):現地チームに権限を与える

「沈黙のジレンマ」を解消するには、本社がスピード感を持てる体制へ変革する必要があります。東京本社は、タイ現地のコミュニケーション・マーケティングチームを信頼し、実際の運用権限を委譲する必要があります。

 急速に変化するオンラインのトレンドへの対応や、潜在的な危機管理を行うためには、本社の承認を何日も待つことなく、現地チームがリアルタイムで判断できる環境が必要です。
 

3)Co-Creation(共創):ともに進化する

 ブランド価値の中心を変革します。「優れた日本の技術をタイへ届ける」という一方向的で上から目線のメッセージから脱却し、「タイとともに、持続可能で、環境に配慮し、ウェルネスを重視した社会を共につくる」という協働型の価値提案へ転換するのです。

 単に商品を店頭で販売するのではなく、タイ社会の日々の豊かさや未来に投資する長期的なパートナーとしてブランドを位置づけることが重要です。
 

信頼を現代的なブランド資産へ変える


 現代のASEAN経済において、市場シェアを維持するためには、一方的な拡大ではなく、深い戦略的な統合が求められます。2026年以降に向けて、持続的な成長を実現するためには、組織が以下の3つの領域にどう向き合うかが鍵となります
 

・市場対応力(Market Responsiveness)

 東南アジアのデジタル環境が超高速で変化する中、ブランドはどのようなコミュニケーション体制を構築していますか?
 

・ガバナンスと俊敏性(Governance & Agility)

 グローバルブランドとしての一貫性と、「沈黙のジレンマ」を解消するために必要な現地裁量を、どのように両立していますか?
 

・共創価値(Collaborative Value)

 企業は、単なる商品提供から、地域社会との価値共創へ、どのように価値提案を変化させていますか?

 日本企業のアジアでの成功を共に実現しましょう。
  
出典:123RF

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