カンヌライオンズ2026
カンヌで確信したAI時代のブランドに必要な「3つの覚悟」 マーケター杉野恵美氏 カンヌライオンズ2026レポート
2026/07/21
Patagoniaのプレゼン:未完成なブランディングで共犯者を増やす
セッション情報
タイトル:Forward, Not Flawless: The Creative Tension between Values and Scale
登壇者:Alex Weller / Patagonia / VP of Creative
Patagoniaのプレゼンテーションは「Forward, Not Flawless(完璧さよりも、前進を)」と題され、ブランドの存在意義そのものを社会へ問いかけ続けることによって普遍的なブランド価値を構築するという内容でした。進歩とは、永遠に未完成なのだと。

長蛇の列、大人気!
サプライチェーンにおけるScope3(※注)のような、自社だけでは解決困難な問題に対して、サステナビリティ・レポートで取り繕うことなどせず、代わりに150ページに及ぶ途中経過報レポートを公開し、未完成のプロセスそのものを社会に開示しました。
※注:Scope3(スコープ3)
製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)を指し、Scope1(自社での直接排出量)・Scope2(自社での間接排出量)以外の部分=「その他の間接排出量」を指す。

さらに「FAN MAIL」という短編映像シリーズを制作し、SNS上で寄せられる批判、たとえば「パタゴニアはファストファッションブランドと同じ工場を使っている」等の意見に対し、従業員がカメラの前に立って、実際に使っていることやその理由、業界全体で変えていきたい願いであることを、ありのままに且つユーモアも交え回答しています。葛藤するプロセスを見せたいとのこと。
“A Bunch of Clowns!”—Our Employees React to Fan Mail
組織に存在する緊張感から決して逃げるべきではない。オーセンティック・ストーリーテリングとは、成功事例を語ることではなく、未完成のプロセスを誠実に共有すること。万人受けを捨ててでも、自社のスタンスを明確にする。恐れているのは批判されることではなく、自分たちが何を信じているのかが、誰にも伝わらないこと。——そう言い切りました。
ロジックとして理解できても、これほど舵を切れるリーダーはなかなかいないのではないでしょうか。特に広告の世界では、どうやって消費者に好きになってもらえるか/購入してもらえるかをインサイトから掘り起こしたり、直近のSNSマーケティングのCVRに惑わされたりすると、出発地点もゴールも全く違うものになります。経営者やマーケターにとって、この短編映像の制作にROIを試算せずにGOを出すことは勇気のいる決断になると思います。
さらに驚いたのは、これをVP of Creativeが語っていることでした。クリエイターとストラテジストが別の役割として立っていることも状況も多い中で、クリエイティブのトップがこれをブランド価値であると語れることもパタゴニアの強さなのではと感じました。

重要度を増しているブランドのコア
一見、Estée Lauderは「MetaとのAIを活用したデータ分析手法」といったテクニカルな話がメインで、Patagoniaは「ストーリーテリングを用いたブランディング手法」の話に聞こえますが、この2つのHOWの話の中で、ブランドのコアに3つ共通項があると感じました。
①「ブランドは共創するもの」という覚悟
SNSが一般化して15年。未だに、ブランドは企業が発信する内容でつくられると誤解されることもありますが、ブランドとは生活者の脳内でつくられるもの=生活者と共創されるものだと、私は信じています。Estée Lauderは、Community Participation(ブランドが語るのではなく、顧客が主体的に語り合っているか)が指標のひとつとして入っていましたし、Patagoniaは、生活者と共に進化するプロセスを歩んでいます。共創を前提にブランドの価値を考えることは基本だとわかりつつも、共創を受け入れるには覚悟がいります。実際、戦略やIMC設計からその視点が抜けているケースを見ることも多く、ここで大事なことを再認識させてもらえました。
②「不完全の美」と言い切れる覚悟
共創するものである以上、不完全さを受け入れることは不可欠です。その不完全さ、未完成な状態をを受け入れること。誰にでもいい顔をしすぎないこと。媚びないこと。成長する余白をもつこと。Estée Lauderも五角形すべてをハイスコアにしない、いびつなモノが愛される。万人受けするものは、ReDiscoverと矛盾すると話し、Patagoniaは永遠に未完成なのだと言い切りました。これもブランド担当者にとっては、なかなか覚悟がいるポイントです。特に日本では難しい状況になりがちです。私はドミノ・ピザ勤務時に、“炎上”したことが何度もあり、緊張感とプレッシャーに飲み込まれそうになったこともありました。でも、炎上も未完成なプロセスのひとつ。炎上した内容を慌てて削除したり、ただ謝罪して沈静化させる等の「完成形」を目指すのではなく、その炎上とどう対話するかが重要であることを学ばせていただきました。炎上との対話は、リスク管理視点だけでなく、企業理念やブランドの骨格を強靭にするための不可欠なプロセスだと、実体験を通じて確信しています。
③「パーパスとフィロソフィー」への覚悟
「共創」し「不完全」を受け入れるには、その土台となるブランドパーパスやフィロソフィーがもろいと、日々の意思決定がぶれ、ブランディングが難しくなります。2社とも、自分たちがつくるブランドの価値が何なのか、どんな人格なのか、確固たる信念と自信(=PrideではなくConfidence)を感じました。それがないと、万人受けを捨てる、未完成でいい、共創するという覚悟を持ち続けるのは、実際の現場で矛盾が生じます。今後さらにAIによって広告がスピーディに量産され、ブランド承認との鬼ごっこになるのは見えています。振り回されるのではなく、柔軟に進化するために、これまで以上にブランドの価値が何なのかの言語化と、社内やパートナー企業への浸透の重要度は増していく。またそれができているブランドとできていないブランドでは、異なる未来へつながっていくのではないかと感じます。
ブランドを背負うリーダーたちの品格をみた
数々の世界的リーダーのプレゼンテーションを体験するなかで、この2ブランドが特に心に残り続けているのは、プロフェッショナルなプレゼンテーション準備に圧倒されたからかもしれません。 過密スケジュールをこなすリーダーたちによる即興的なパネルディスカッションもある中で、この2社が用意したステージは別格でした。
スライドや動画などの素材のクオリティという面だけでなく、スピーチ構成、自然なジョーク、ステージ上での自信の存在感の見せ方に至るまで、すべてのディテールが、聴衆にしっかりストーリーが届くよう磨き上げられており、エンターテインメント性も高く引き込まれました。
他の人に任せることなく、スピーカーであるリーダー自身が伝えることと、そして集まる人々の時間に対して誠実に向き合う姿勢・情熱と責任がありました。
そこにブランドを背負うリーダーの品格を感じ、深く背筋が伸びる思いでした。素晴らしい学びをくださったリーダーたちに、心からの敬意を。
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