カンヌライオンズ2026

資生堂 クリエイティブ専門のPRパーソンが振り返るカンヌ2026「インハウスクリエイティブ組織を有する企業こそカンヌに着目すべき」

  世界最大の広告賞「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(カンヌライオンズ)」が今年も6月22日-26日にフランス・カンヌで開催された。計2万点以上の応募作品の中から選ばれた世界最高峰の広告・コミュニケーション事例が表彰されたほか、多種多様なセミナーやトークセッション、幅広い業界の第一線で活躍するプロフェッショナル同士のネットワーキングが行われた。

 今年の受賞作品の傾向は?公式セッションで中心的に議論されていたテーマ・トピックは?事業会社やブランド、マーケターにとっての気づき・学びは?ーーアジェンダノートでは、カンヌライオンズ2026を多様な切り口で、さまざまな関係者と振り返っていく。

 今回の執筆者は、資生堂でクリエイティブ専門広報というユニークな役割を担う中山怜氏。同社のコピーライター、アートディレクターとともに現地参加した中山氏は、「インハウスクリエイティブ組織を有する企業こそ、本質的なブランディングという観点でカンヌライオンズに着目する意義があった」と振り返る。
 

自社プロジェクトを携えてカンヌへ


 初めてのカンヌ。
 悔しさ、学び、感動。圧倒、刺激、そして感動。 心が目まぐるしく動く1週間でした。

 はじめまして。 資生堂でクリエイティブ専門広報というユニークな役割を担っている、中山怜と申します。

 当社には、1916年の意匠部創設以来、今年110年目を迎えるインハウスのクリエイティブ組織があります。そこに所属するクリエイター、そして彼らがつくり出すプロダクトやコミュニケーション、スペースといったクリエイティブを通してPRを実践するのが私の仕事です。

<執筆者>
中山 怜
資生堂 プロジェクトマネジメントディレクター/広報

外資系自動車専門商社でマーケティングやHR領域を経験した後、2022年に資生堂クリエイティブ(現・資生堂アート&クリエイション本部)へ入社。現在はクリエイティブ専門広報として、自社のクリエイティブとクリエイターを基軸にしたPRを構築している。
Spikes Asiaグランプリ、ADFESTゴールド、THE ONE SHOWブロンズなど受賞。
京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)。

 さて冒頭にも書きましたが、私は今年、アートディレクター、コピーライターとともに初めてカンヌライオンズに参加してきました。

 今回参加することになったきっかけのひとつが、「BEST AFTER 2055」という、消失危機文化を後世に継承するプロジェクトです。 本作品がSpikes Asia 2026グランプリ、ADFEST 2026ゴールド、THE ONE SHOW 2026ブロンズ等を受賞したこともあり、結果としてカンヌ行きにもつながりました。


 

 香川県高松市にある人口約150名の離島・男木島(おぎじま)には、大麦を原料とする「男木みそ」という味噌があります。男木みそは、味噌づくりの工程で島民同士のコミュニケーションが発生したり、家庭ごとに異なる味を許容する大らかさが垣間見えたり、食材としての味噌に留まらず、食文化として確立されているのが特長です。

 ところが、高齢化を中心とする理由により、このままでは男木みそという食文化が世界から消失してしまう現実がありました。 私たちは男木みそを後世へ継承するアイデアを島民と共創し、「BEST AFTER 2055」という作品になりました。

「美しい生活文化の創造」という考え方にもとづく、文化を創造する資生堂ならではの取り組みです。
 

心が動いた、学び多き2つの作品


 ここからは、私の印象に残った作品を2つご紹介します。
 

①LALCEC「ONE MORE QUESTION」(アルゼンチン)

 
LALCEC「ONE MORE QUESTION」

 LALCEC(アルゼンチンがん闘病連盟)が行った、前立腺がんに関するPR施策で、PR部門のゴールド等を受賞しました。

 前立腺がんはアルゼンチン男性の中で最も多いがんで、男性のがん死因の3位であるにも関わらず、アルゼンチン男性の10人に7人は年次検診を受診しないそうです。背景には、文化やタブーといった要因もあると書かれています。

 LALCECはこの課題に対して、非常にシンプルなアイデアを講じました。記者会見やインタビューでの記者からの質問にたった一問、"Have you had your annual prostate exam yet?”(年次の前立腺がん検診、もう受診しましたか?)を差し込んだのです。質疑応答という、沈黙できない場を上手に活用したこの仕掛けは報道からインフルエンサー、家庭へと拡散され、前立腺検診の予約が前年同時期比+31%という結果につながりました。

 日本も性別を問わず死因の1位はがん(令和6年 人口動態統計、厚生労働省)ですし、検診受診を増やしたいという願いは他人事ではありません。避けてしまいがちだけれども非常に重要な話題に対して、ユニークな方法で向き合い、人々の行動変容に成功した本作。

 質問そのものが"news within the news"(ニュースの内側にあるニュース)となり、自律的に拡散されたPR設計が素晴らしく、費用をかけずに社会的に意義のある結果を生み出した点も含め、学び多き作品でした。
 

②Bradesco「Dancebook Brasil」(ブラジル)

 
Bradesco「Dancebook Brasil」

 続いてご紹介するのは、Bradescoというブラジルの銀行が、文化保存を目的にブラジリアンダンスを構造化して一冊の本にまとめた作品で、デザイン部門のゴールド等を受賞しました。

 会場地下に、ショートリスト以上の作品のプレゼンテーションボードが展示されている空間があったのですが、真っ先に目に留まったのが本作品です。

 楽譜の五線から発想したグリッドシステムや、パラパラ漫画のような仕掛けといったグラフィカルな美しさに惹かれたのはもちろんのこと、「ブラジル」「ダンス」というワードから想起されるイメージとは異なる雰囲気のボードに、良い意味での違和感を抱きました。

 史上初となるブラジリアンダンスの構造化は、既存の記譜法を応用しながらも独自の編集言語を編み出したことで、ダンスの本質が反映された唯一無二の本になっています。完成した本は、ロンドンのRoyal Academy of Danceやパリ国立高等音楽・舞踊院のコレクションに正式に収蔵され、ブラジリアンダンスが古典舞踊と同様の保存・研究体系に組み込まれました。ブラジル文化を世界的に認知された文化遺産へと昇華させる結果につなげたのです。

 Bradescoは銀行でありながら文化・芸術・教育支援活動を長年継続している企業であり、資生堂の企業姿勢にも通じる信念に共感しました。また、何もしなければ失われてしまうかもしれない無形文化資産を継承するという活動の本質は、まさに私たちが男木みその継承に取り組んだ「BEST AFTER 2055」そのものです。国や地域を超えて、本質でつながる世界があるのだと実感し、心が大きく動いた作品です。

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