カンヌライオンズ2026

トップマーケター 足立光氏が考える「カンヌとの正しい向き合い方」【カンヌライオンズ2026現地インタビュー】

 

足立氏が考える「カンヌとの正しい向き合い方」


― マーケターに向けて、カンヌでのおすすめの過ごし方を教えてください。

欧米中心ではありますが、ここへ来てさまざまな人に会うことには、大きな意味があると思います。知見を広げるには、「異なる業界」「異なる世代」「異なる国」の人と話すのが一番です。カンヌには、そのすべてがあります。自社とは異なる業界の事例ばかりですし、登壇者も参加者も老若男女幅広い。何より、世界中から人が集まっています。知見を広げるには、とても良い環境だと思います。

もし来る機会があるなら、一人で行動することをおすすめします。一緒に来た人たちと団体で行動してしまうと、結局いつもの仲間内だけで過ごすことになり、新しい出会いがありません。できるだけ一人で飛び込み、可能であれば他国の人たちと会話し、議論する。そのほうが、知見を広げるという意味では、はるかに有意義だと思います。

― 今年、ファミリーマートの「涙目シール」(編集部注:消費期限が迫ったおむすびやお弁当などの中食商品を対象とした値下げ販売に活用されているシール)がエントリーされています。エントリーの意図や狙いについて教えてください。また、今後積極的に作品をエントリーしていくお考えはありますか。

出品はエージェンシーの意思によるものですが、受賞できれば、クリエイティブパートナーの皆さんにとってモチベーションやインセンティブになります。ですから、我々はそれを妨げることなく、サポートする立場です。

賞を獲ることは、エージェンシーにとってもクライアントにとっても嬉しいことですし、大きなモチベーションになることは間違いありません。ただ、僕はクリエイティブ/クリエイティビティで賞を獲ること以上に、「ビジネスを伸ばすこと」のほうが重要だと考えています。クリエイティブ/クリエイティビティが優れていることを外部から認めてもらう必要性は、あまり感じていません。

一方で、「クリエイティビティのある企業」というイメージを醸成したい会社にとっては、自社のクリエイティビティを証明する手段のひとつとして、カンヌのようなアワードを活用するのは有効でしょう。その意味では、ブランド側からのエントリーが増えている傾向も理解できます。

ただ、日本企業にとってカンヌはハンディキャップも大きいと思います。審査員の多くが欧米人である以上、日本やアジアの文化的コンテクストやサービスの背景は、どうしても理解されにくい。グローバルに展開するブランドであれば別ですが、日本国内やアジア向けのキャンペーンが理解を得て受賞するのは、非常に難しいのが現実だと思います。

― マーケティングにおけるクリエイティブの役割、またマーケティングとクリエイティブの関係をどのように考えていますか。

「ビジネスを伸ばす/伸ばさない」という軸と、「クリエイティブである/ない」という軸は、別の話だと思っています。

「ビジネスは伸ばすけれど、クリエイティブではないもの」はたくさんあります。たとえば、非常にベタなデジタル広告でも、ビジネスを伸ばすケースは少なくありません。一方で、どれほどクリエイティブとして優れていても、ビジネスの成長につながらないものも数多くあります。

つまり、ビジネスを伸ばすのに、必ずしもクリエイティブである必要はありません。AIが作った効率重視のクリエイティブでも成果はでますし、単純に事業を伸ばすだけなら、クリエイティブが必須ではないことは市場が証明しているのではないでしょうか。もちろん、クリエイティブであるに越したことはありませんが、特別に優れていなくてもビジネスは伸ばせると思います。

一方で、ビジネスを大きく転換させたい時や、ブレイクスルーが必要な局面では、クリエイティビティは非常に有効に機能します。ここでいうクリエイティビティは、単なる広告表現やコミュニケーションアイデアのことではありません。事業そのものをつくることも含めた、より広い意味でのクリエイティビティです。

日本では「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」というと、コミュニケーションの専門家というイメージを持たれがちですが、本来は新しい事業をつくる人を指すものだと、僕は考えています。

― マーケターがクリエイティブへの理解を深めることの必要性については、どのようにお考えですか。

マーケティングの大きな役割のひとつは、さまざまな企業や部署の中心となってビジネスを推進する「プロデューサー」であることです。

ですから、マーケターがクリエイティブの専門家になる必要はまったくありません。ただ、クリエイティブの専門人材と対等に会話し、彼らをモチベートできるだけの知識やリテラシーは必要だと思います。それは、経理や人事、リサーチの専門家と仕事をする際に、一定の知識やリテラシーが求められるのと同じことです。

では、カンヌライオンズに参加することで、それが身につくのかというと、少し疑問があります。日本、特に大企業では責任範囲が細分化されすぎていて、カンヌで見たような多様なクリエイティビティを、自分の担当領域で実際に活用できる人がどれだけいるのか、まずそこに疑問があります。

また、日本の広告会社と仕事をしている現場は、カンヌで語られている世界とは、必ずしも同じ言語で動いているわけではありません。普段、日本で向き合っている広告会社の担当者が、カンヌで語られているようなクリエイティビティと同じ価値観や言語を共有しているとは限りません。カンヌで評価されるクリエイティビティが、日本の一般的な広告会社では必ずしも求められていないケースもあります。

そう考えると、カンヌに参加すれば知見は広がるかもしれませんが、日本で日々一緒に仕事をしている相手の考え方やモチベーションを理解するほうが、実際の仕事には役立つのかもしれません。

― エージェンシーとクライアントが一緒にカンヌに参加し、世界最高峰のショーケースを見ながら「作戦会議」をする、という活用法がよく聞かれます。

何日も一緒に過ごせば、自然と作戦会議になりますし、コミュニケーションやクリエイティビティについて深く議論する良い機会になると思います。

ただ、それができるのは潤沢な予算を持つ大企業に限られます。ケースフィルムを制作するだけでも数百万円かかりますし、エントリー費用も決して安くありません。中小企業やスタートアップにとっては、まだまだハードルの高い場所です。

カンヌは、「異なる業界」「異なる世代」「異なる国」の人たちと触れ合い、知見を広げる場としては、本当に多くの学びが得られる、とても面白い場所だと思います。ただし、エージェンシー側もクライアント側も、中心にいるのは欧米の大企業です。そして、そうした企業が最新の事例を披露し合うショーケースであるというバイアスは、理解しておく必要があります。

つまり、ここで見たものがあらゆるビジネスに当てはまるわけでもなければ、世界中のビジネスを代表しているわけでもありません。その距離感をきちんと保ちながら、欧米の最新トレンドを吸収するために訪れる。それが、カンヌとの正しい向き合い方ではないかと思います。

他の連載記事:
カンヌライオンズ2026 の記事一覧
  • 前のページ
  • 1
  • 2

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録