MAD STARS

モンゴルの独立系エージェンシーグループ代表が語る「クリエイティブ産業の定義の広がり」【MAD STARS審査員インタビュー】

 国際広告祭「MAD STARS2026(釜山国際マーケティング広告祭)」が8月26日-28日の3日間、釜山 海雲台のシグニエル釜山にて開催された。

 アジェンダノートでは、最終審査員として現地審査に参加したクリエイターを中心にインタビューを実施。今回登場するのは、モンゴル・ウランバートルに本社を置く独立系エージェンシー KMGグループのCEOでチーフ・クリエイティブ・オフィサーのEnkhbayasgalan Tungalag氏だ。今年のMAD STARSでは、「Strategy」グループの最終審査員と、大学生部門「Young Stars」の審査員を務めた。

 印象に残った作品として、非常に具体的なローカルインサイトから出発しているものを挙げた同氏。アジアのクリエイティブが、作品を国際的に馴染みのあるものに見せようとせず、自分たちの文化や地域固有の課題を出発点にすることにますます自信を持つようになっているのではないかと考察する。
 

アジア固有の文化や課題を起点としたクリエイティブへの自信が増している


ー MAD STARS 2026の応募作品や受賞作品について、どのような印象を持ちましたか。 また、どのような傾向が見られ、特に印象に残った作品は何ですか。

この業界の好きなところのひとつは、年に一度フランスに行くと、世界各地から集まったおなじみの顔や、第一線で活躍するクリエイティブリーダーたちに一堂に会えることです。MAD STARSで特に素晴らしいと感じたのは、釜山がアジアにおいて、そうしたグローバルな交流の場になっていることです。

MAD STARSには世界各地からトップクリエイターが韓国に集まります。それだけでなく、若いクリエイターやフェスティバルの参加者にとっても、普段はオンラインでしか目にすることのない人たちを間近で見て、その話を聞き、学び、直接言葉を交わせる貴重な機会になっています。
 
Enkhbayasgalan Tungalag
KMG Group
CEO/Chief Executive Officer

 モンゴルを拠点に、戦略コミュニケーションのリーダー、クリエイティブ産業の推進者、社会起業家として活動。ウランバートルに本社を置くKMG GroupのCEOを務め、ブランド戦略、統合マーケティングコミュニケーション、パブリックアフェアーズ、行動変容、メディア、テクノロジーなど幅広い領域を手がける。10年以上のキャリアを通じて、政府、国際機関、市民社会と連携し、200以上の公共性の高い大規模プロジェクトを主導。2025年にはモンゴル人として初めてカンヌライオンズの審査員(ショートリスト審査)を務めた。新興市場のクリエイターの声を世界へ届けることに力を注ぎ、ローカルなインサイトこそが、世界に通用するクリエイティブの基盤になると考えている。

そして、私たちアジアからの参加者には、もうひとつ大きなメリットがあります。時差ボケがずっと少ないことです(笑)。これほど多くの世界的なクリエイティブリーダーに会いながら、自分の身体がちゃんと今何時なのか分かっている国際クリエイティブフェスティバルは、もしかすると今回が初めてだったかもしれません。

冗談はさておき、こうしたアクセスのしやすさは重要だと思います。アジアには非常に大きなクリエイティブコミュニティがあり、アジアの中に世界とつながる場がもっと必要です。釜山がそのひとつになりつつあることを、とても嬉しく思っています。


     
Tungalag氏はMAD STARS 2026で、世界中の大学生を対象としたプログラム「Young Stars MAD Competition」の審査員も務めた。

審査そのものについて言えば、MAD STARS 2026で印象的だったのは、Strategy部門の優れた作品の中に、単なるコミュニケーションにとどまらず、既存の行動を変えたり、新たな仕組みを生み出そうとしたりするものがあったことです。

なかでも最も印象に残ったのが、Strategy Starsでグランプリを受賞した、VML ThailandによるTra Mongkut Fertilizerの「Soil Stay」です。同社には、300種類以上の土壌について10年以上にわたり蓄積してきた知見があり、それを農家にとって実用的な価値へと転換しました。農家が土壌サンプルを提出すると、似た土壌条件で成果を上げているモデル農場とマッチングされ、そこに滞在しながら、実際の農法を見て学ぶことができます。

私が特に素晴らしいと感じたのは、単に農家に「より良い農法」を教えるのではなく、自分たちと同じような土壌で農業を営む人から学べる体験そのものをつくったことです。データとブランドが持つ専門知識を、実際に役立つ価値へと変えています。
 
タイの肥料ブランド Tra Mongkut Fertilizerによる「Soil Stay」。自社の土壌データベースを活用して、ファームステイのマッチングを実施。農業従事者に、成功した農家の有効な農法を学ぶ機会を提供した。

もうひとつ興味深かったのが、DentsuによるZespri Japanの「The Missing Verse: Completing the Bento Symphony」です。Strategy StarsでBronzeを受賞しました。このキャンペーンは、日本で何世代にもわたって親しまれてきた、お弁当に何を入れるかを歌った童謡に「果物」が登場しないという、興味深い文化的な発見から始まっています。

単に「もっと果物を食べましょう」と呼びかけるのではなく、すでに存在する文化的な習慣を生かし、そこに新たな歌詞を加えることで、「バランスの良いお弁当」という考え方の中に果物を取り入れました。
 
Zespri Japanによる「The Missing Verse: Completing the Bento Symphony」。スパイクス・アジア2026ではCreative Strategy部門でグランプリを受賞した。

この2つのキャンペーンで特に好きなのは、どちらも非常に具体的なローカルインサイトから出発していることです。一方はタイの農家とその土壌をめぐる現実、もう一方は日本の童謡です。しかし、どちらもそこから「学び」「健康」「行動」といった、より普遍的なテーマへとつながっています。

より大きな傾向としては、アジアのクリエイティブが、何でも国際的に馴染みのあるものに見せようとするのではなく、自分たちの文化や地域固有の課題を出発点にすることに、ますます自信を持つようになっていると感じました。
 

AIは、モンゴルのクリエイティブ市場の競争力を高める可能性がある


ー モンゴルおよびアジアの広告・クリエイティブ業界の現状をどのように見ていますか。また、主な課題は何でしょうか。

規模の小さな市場で生まれた優れた仕事が、海外に知られないまま終わってしまうことは少なくありません。長い間、アジアの小規模な市場の多くは、クリエイティブの基準やお手本を、世界の主要なクリエイティブ拠点に求めてきました。しかし今では、自分たち自身の文化や課題、ユーモア、言語、ストーリーテリングの方法に、以前よりはるかに自信を持つようになっています。

モンゴルは、その好例です。人口は約350万人で、広告市場としては比較的小規模です。一方で、若くデジタルとの親和性が高い人々が多く、クリエイティブ業界でも、戦略、ブランディング、プロダクション、デジタルコンテンツ、ソーシャルインパクト・コミュニケーションといった領域で、専門性がますます高まっています。

私たちにとって最大の課題は、必ずしもアイデアが不足していることではありません。世界に触れる機会と、クリエイティブを育むエコシステムの構築です。クラフトの質をさらに高め、ケーススタディとして伝える力を磨き、国際的なフェスティバルへの参加を増やすとともに、国境を越えて仕事をし、協働できる機会をもっとつくる必要があります。

アジアにとって最大のクリエイティブ上の強みは、その多様性だと思います。課題は、「世界に通用するためには、ローカルらしさを薄めなければならない」という考え方から脱却することです。


   
ー 現在、モンゴルの広告・クリエイティブ業界では、どのようなテーマが注目されていますか。特に勢いを感じる分野はありますか。


モンゴルで起きている大きな変化のひとつは、「クリエイティブ産業」の定義が大きく広がっていることです。広告会社の競争相手は、もはや広告会社だけではありません。コンテンツクリエイター、プロダクション、テクノロジースタートアップ、メディアプラットフォーム、インフルエンサー、エンターテインメント企業、そして近年ではAIを活用するチームも含め、さまざまなプレイヤーが同じ「人々の関心」をめぐる市場に参入しています。

デジタルファーストのコンテンツは急速に成長しており、若い世代によって、ブランドのコミュニケーションのあり方も変わりつつあります。同時に、モンゴル独自の文化やクリエイティブ・アイデンティティへの関心も高まっています。

モンゴルには、遊牧文化や伝統芸術から、音楽、ファッション、映画、現代の都市文化まで、非常に豊かな文化的資産があります。こうした文化的なクリエイティビティを、世界に通用する知的財産(IP)やクリエイティブビジネスへと発展させていく可能性は非常に大きいと思います。

また、商業的なクリエイティビティとソーシャルインパクトの結びつきが強まっていることにも関心を持っています。モンゴルは、大気汚染、交通渋滞、都市化、教育、公衆衛生など、さまざまな課題を抱えています。そして、こうした問題は政府の政策だけで解決できるものではありません。人々の理解や行動も変えていく必要があります。

だからこそ、私がますます関心を持っているのは、「クリエイティビティによって経済的な価値を生み出しながら、同時に社会が抱える現実の課題の解決にも貢献するにはどうすればいいのか」という問いです。

ー 現在、モンゴルの広告・クリエイティブ業界では、AIはどのように受け止められ、活用されていますか。

モンゴルにとって、AIは非常に大きな可能性をもたらすものだと思います。小規模なクリエイティブ市場であることによる不利な条件の一部を、AIによって補うことができるからです

今では、ウランバートルにいる優秀な5人のチームでも、リサーチ、翻訳、プロトタイピング、ビジュアライゼーション、制作、アイデアの検証まで、かつてであれば、はるかに大きなチームや予算、海外のリソースが必要だったレベルで行えるようになっています。これは、小規模なエージェンシーや独立系クリエイターの競争力を大きく高める可能性があります。

一方で、クリエイティビティの未来が、単に「AIツールをより上手に使えるようになること」だとは思っていません。誰もが同じようなテクノロジーを利用できるようになればなるほど、センスや判断力、文化への理解、オーセンティシティといった、人間ならではの資質がより大きな価値を持つようになるからです。

また、私は「責任あるAI」にもますます関心を持っています。クリエイター本人の同意、学習データをめぐる透明性、コンテンツの出所や来歴、そして本人の許可を得ない声やアイデンティティの複製からどう守るか。私たちの業界は、こうした問題について真剣に議論していく必要があります。

ー 今後、個人的にはどのようなプロジェクトに携わり、どのようなクリエイティブを生み出していきたいですか。

最近は、従来のコミュニケーション領域のブリーフを超えた、より大きな課題に関心を持つようになっています。

キャリアを始めた頃は、「どうすれば、このキャンペーンに人々を反応させられるだろう?」といった問いを考えていました。しかし今は、違う問いを考えるようになっています。

「なぜ人々は組織や制度への信頼を失うのか」
「なぜ今も何百万人もの子どもたちが質の高い教育を受けられないのか」
「政策によって人々の行動をどう変えられるのか」
「政府はAIにどう対応すべきなのか」
「社会や環境により大きな負担を生み出すことなく、企業が成長するにはどうすればいいのか」
といった問いです。

特に関心があるのは、行動変容、教育、組織や制度への信頼、責任あるAI、そしてモンゴルのクリエイティブ・エコノミーの発展です。

これからの時代、最も重要なクリエイティブ・ブリーフのいくつかは、ブランドからではなく、私たちの社会が直面している課題そのものから生まれてくるのかもしれません。
   

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