心の中にしか国境はない、やるかやらないかは自分次第
ユニ・チャームには、海外赴任期間の決まりがありません。そのため、いつ日本に戻れるか分からないという退路が断たれた状況では、「とにかくやるしかない」という気持ちにさせられました。
厳しい環境でも、いかに成果を出すか、そのためにはどうするか。日本であればいろいろな組織に頼ることができますが、海外では自分がやらなければ永遠に何も動きません。逆に言えば、自分で決めて、自分で何もかもをやればいいわけです。そのため、タイでの社長経験は「仕事にオーナーシップを持つ」という当事者意識が生まれました。
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会社に言われて海外で仕事をしているのではなく、自分がそこで仕事をすることも、家族を呼んで生活することも、全部自分で決断しました。仕事だけでなく、生活も含めて、自分の人生のオーナーは自分であると思えるようになったんです。自分はサラリーマンであるという意識でずっと働いているよりも、自分の人生にオーナーシップをもって生きるほうが幸せだと、教えてもらいました。
現在の日本人の中で、海外に駐在して仕事をしたことがある人は、おそらく1割にも満たないと思います。ほとんどの人は、海外で仕事のオーナーになるという感覚を知らないままリタイアするわけです。そもそも知らないため、海外で仕事をしておけばよかったと後悔をすることもないでしょう。ただ、海外での経験は大変なことばかりですが、一度、そこで働く経験をすると、その後の人生に大きな財産になることは間違いないと思います。
「日本と海外は全然違う」、「海外で仕事をする自信がない」、「英語ができない」などの理由から海外で仕事をすることに躊躇している人がいますが、それは、ただの自分への言い訳で本当の壁ではありません。私もタイへの赴任が決まったときは、初めて海外で生活し、仕事をすることに不安があったので気持ちは分かります。しかし、その壁を突き破って向こう側に軸足を置いてみれば、そんな気持ちは「ただの心の中の国境だったんだ」ということが分かります。
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マーケティングには、商品力やコミュニケーションなどテクニカルな部分はありますが、一番重要なのはどのような状況でも、常に実行するということです。結局は、マーケターとして仕事に対する考え方や職業観、人間としての側面が現地のお客さまや社員にも伝わり、難しいことでも実現できるようになるんだと思います。
逆に言うと、海外で仕事をする経験はテクニカルなことではないので、誰でもできるんです。私は人の才能には差がないと思うので、「やるか、やらないか」だけだと思います。そのため当時、私をタイへ送り込んで頂いたことには感謝しかありません。海外赴任の経験をせずに、日本でマーケティングディレクターとして働いていれば、どれだけ楽であったかと今でも思いますが、結果として大正解でした。そのようなチャンスが、世の中にはたくさんあるので、逃さないように日々挑戦する心を忘れないことが大切ですね。