関口氏の注目ポイント5選

 
「顧客は常に正しいか」(サステナブルなマーケティングの重要性)(1章「マーケターに求められる資質と仕事」より)

 ニーズ、ウォンツ、インサイト、4Pなどの基本的なマーケティングの基本要素のあとに、いくつかの問題提起をしています。

 たとえば、「顧客は常に正しいと言われるが、本当か?」という問い。短期的に顧客が今欲しいものを提供することが、顧客にとって最良とは限りません。長期的には顧客が不利益になるもの、サステナブルでないものを提供することは、マーケティングの仕事ではないと主張します。現在のニーズとウォンツだけではなく、将来のニーズとウォンツにも目を配るべき。必ずしも、短期的な生産性の向上や利益の向上が顧客にとって継続的な便益にならないこともあるのです。

 偶然にも先日、社内講演にて「顧客の現在の要求定義を超えて、未来(顧客の将来)の要件定義を我々はもっと考えるべき」ということを提唱したのですが、まさしく同じようなニュアンスです。
 
「重要ではあるが、自分の担当する商品や会社を愛するあまり盲目的になってしまうマーケターへの警笛」(2章「消費者行動と顧客行動」より)

「マーケターは、意外に希望的観測をしやすい」という戒めのような話も多く盛り込まれています。「ロイヤルティは創られたものではなく、自然とできるもの」「ロイヤルティプログラムはなぜ機能しないか」、そもそも「マーケターはロイヤル顧客を、自社のものしか買わない人(企業)だと勘違いしている」「実際にはロイヤルスイッチャー(複数の企業のロイヤル顧客)が多い」などなど、ロイヤルティの考え方にも疑問を投げかけています。

 STPの利点をきちんと解説しながらも、ターゲットマーケティングの危険性にも言及しています。マーケターは「同じセグメントを同一の属性の人(企業)ばかり」と勘違いしてしまいがちで、個々の顧客を見ようとしないなどと指摘しています。
 
「(BtoBでも名高い)セールスファネルは100年前に作られたもので今も色あせない、かつシンプルなマーケティングプランの原則」(2章「消費者行動と顧客行動」より)

 AIDA、AIDMA、広告計測のDAGMAR理論などを経て、今に至るものが「セールスファネル思想」で、分析やPDCAにおけるセールスファネルの普遍的な重要性を述べています。

 もちろんファネルの形や内容は、環境や商材、デジタル親和性などによっても変わりますが、定義したファネルのどこの部分の量と質を改善すべきか、マーケティングプランのPDCAを回すための基本的思想と考えられています。

 弊社で使っているマーケティング設計書「Blueprint」も、How(施策)の設計の基本コンセプトとしています。かつファネルのステージデータを見ながらのPDCAサイクルの高速化を目指しており、まったくの同意です。
 
マーケティングROIは諸刃の剣(3章「指標の重要性」より)

 マーケティング指標については、かなり詳細かつ網羅的に説明されています。そのなかでも、ROIの必要性は認めつつ、その危険性についても強調しています。

 当然売上ベースではなく利益で語ることになるのですが、これを「率」(営業利益、粗利、貢献利益であっても)だけで追う危険性などに言及しています。利益率は良いけど、そもそも絶対的な面積(量、額)が小さい。競合のほうが実は面積は全然大きいのに、自社の率ばかりに目がいってしまい、小規模キャンペーンに落ち着いてしまう。こうした“陥りがちな落とし穴”を指摘しています。

 現在BtoBでもホットな話題の一つ、ライフタイムバリュー(LTV、CLVなど)についても危険性を挙げています。競合を見ずに目標設定されてしまうことや、環境がすでに変わっているのに以前のLTV想定式をアップデートしないことなどです。

 このあたりは、前述の弊社の「Blueprint」では、想定LTVの計算レートは毎Quarter/毎Half yearに常にアップデートしていくことが推奨されていますが、その話にもつながる重要な点だと思います。
 
共感からはじまるデザイン思考:マーケターとデザイナーの共創の重要性(13章「マーケティングプランニングの開発と実施」より)

 どちらかとういうと、製品中心の価値の考えから、サービスなども含めた統合的な価値のデザインをするために、デザイナーとマーケターの共創を促しています。

 デザイナーは未来の形をつくるのが得意で、マーケターは過去から現在進行形を重視するとの考察であり、特に本書ではマーケターとデザインの物理的距離を近づけることを推奨しています。

 こちらも弊社の話で恐縮ですが、2年ほど前からデザインチームとマーケティングチームを一体化して、共創を進めています。ここに書かれている洞察は、現場から見ても、頷くことばかりです。

 一方、BMWなど一部の企業では、デザイナーとマーケターとの考え方の違いから衝突を避ける動きもあるといいます。たとえば「調停者」という人をアサインして、衝突をなくすという企業も出てきているようです。
 

本書が主張する、マーケティング定説の危険性


 上記以外にも、ロイヤルラダー、顧客離反率の危険性(ただし商材タイプやビジネスモデルによって異なる)、NPSの問題点、オンライン口コミ分析の課題などなど……。バイロン派らしく、これまで信じられてきた定説が本当に正しいのか、先行研究やデータで検証しようとしています。

 STPやRFM分析でさえも批評の対象です。コンサルティング会社が使っている市場調査データ分析方法には、まだ科学的に証明されていないものも多く、注意が必要(疑似科学)と懸念が示されています。

※編集部注:「疑似科学」とは、科学を装っているが、内実は科学的でないもの。

 今回、先行研究からの流用が多く、それはとても良いことだと思っています。私も先行研究のほうに目が行ってしまい、なかなか読み進めるのに時間がかかりました。本書にも書かれているように「マーケティングサイエンスは、従来の神話や後付けの見当違いの論理を一掃しているが、まだ日が浅く、多くのマーケターの理解や適用がまだまだ不十分」ということは、その通りなのかもしれません。

 一方、前述したBtoBの深堀り以外にも、今後の改訂に期待することも多くあります。

 冒頭で述べた「マーケティング本来の顧客との双方向性」の話にもかかわる話ですが、従来の統計手法(たとえばサンプルから全体を予測するなど)の話を超えて、顧客の製品利用データや行動データ、いわゆる全量データをリアルタイムに活用し、顧客体験やマーケティング活動に即座に反映させることも、昨今のマーケティングの論点です。

 このあたりの研究についても、バイロン派らしいアップデートがあると、なお嬉しく思います。
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