審査の3大キーワード


 前述の3つの仕事は、それぞれ高い評価を受けながらも、最終的に受賞したメタルの色はすべて異なります。3つのキーワードを軸に、審査会場での議論を振り返ります。
 
キーワード1「Designing is defining. 」

 本記事の冒頭で、審査基準は「本質的な変化の有無」であり、リアルインパクトこそが重要だと述べました。そのインパクトの大きさを軸に各エントリーを見ていくと、受賞作はすべて「何かを再定義している」ことに気がつきます。

 グランプリを受賞したCaption with Intentionは、字幕を「内容を理解するツール」から「映像を楽しむツール」へと再定義しました。AirPods Pro 2は、イヤホンを「音楽を聴くデバイス」から「健康を管理するデバイス」へと再定義しているし、Fixablesは家電製品を「買い替えるもの」から「修理するもの」へと再定義しています。

 どのケースも、「こういうものだ」と誰もが定義していた当たり前を疑い、その価値を拡張することに成功したことで、社会に凄まじいインパクトを残すことができているのだと気づきます。
 
キーワード2「Storydoing, not storytelling. 」

「ウォッシング」(編集部注)に敏感な時代だからこそ、ブランドが掲げる「ストーリー」の扱い方が審査員の関心の的でした。美しいコピーや映像で夢物語を語るような従来型のストーリーテリングでは、ブランドへの信頼にはつながりにくい。反面、実際にリスクを取ってアクションを起こし、ビジョンを形にするブランドは、信頼度も好意度も上がっていきます。ストーリーをちゃんと”DO”しているかどうか、という観点から見ても、字幕/イヤホン/修理プログラムを実際につくった前述の3ケースは秀でた存在でした。

 ※編集部注:「◯◯ウォッシング」の形で使われ、「本当は◯◯ではないのに、あたかも◯◯であるかのように見せかける・誤解させる」ことを指す。「グリーンウォッシング」:企業が実際には環境に配慮していないにも関わらず、あたかも環境に配慮しているかのように見せかける行為や、誤解を招くような表示 などがある。
 
キーワード3「Proto < Real < Potential. 」

「プロトタイプをどう評価すべきか?」というのは、審査員たちの間でも評価が分かれました。Airpods Pro 2のようにすでに世界規模で発売されている「リアルプロダクト」に比べて、プロトタイプは社会にどう変化をもたらしたかという実績が乏しく、リザルト面で評価がしづらいものです。実際、Fixablesはまだ一つの国でスモールスケールで実施しているだけであり、プロトタイプの域を出ていないという評価が下され、シルバーに留まったという経緯があります。

 ただ、Caption with Intentionもいわばプロトタイプです。各種ストリーミングサービスでの実装も2026年以降の予定段階であり、リアルな実績は乏しい。それでもグランプリまでのし上がった要因は、そのポテンシャルの大きさでした。「もっと大きな規模で実装されたら世界はどう変わるか?」「その未来が訪れる確度はどれくらい高いか?」というスコープで見たときに、Caption~は頭2つほど抜けていたと思います。

 今や誰もがスマホで動画を無音視聴する時代で、字幕は耳が聞こえない人以外にとっても身近な存在です。それが全面的に進化する、しかも世界196の言語で利用可能となると、ポテンシャルインパクトは凄まじいものになる。プロトタイプよりもリアルが評価されがちなのは間違いないですが、それを凌駕するポテンシャルの強さというものも改めて感じた審査でした。
 

中央が審査委員長のJessica。有名人で、どこに行ってもサイン攻めでした
 

新しい選択肢を、カンヌから。


 紹介した3つのケースは、どれも何らかの課題に対する「ソリューション」ではありますが、ここであえてシニカルな目線に立ってみます。

 これらは、果たして「最適解」なのでしょうか?

 字幕をつくり変えなくとも、音声が耳を経由せずに骨伝導で体内に伝わるシステムのほうがリッチな体験になるかもしれない。イヤホンを買わずとも、スマホで音声を常時モニタリングし、聞き返す頻度などを分析してユーザーの聴力をチェックしてくれたほうがラクかもしれない。状況が変われば、時代が変われば、最適解は変わります。今後もより優れたソリューションが無限に生み出されていくでしょう。

 でも、それこそがカンヌなんだと思います。カンヌは、「最適なソリューション」のショーケースというよりも、「新しい選択肢」のショーケース。こういう解き方もあるのか、という気づきを与えてくれる、別解のオンパレードです。デザイン部門ではデザインの力で、メディア部門ではメディアの力で、PR部門ではPRの力で、常に新しい選択肢があることを、すべてのマーケティング業界関係者に教えてくれることこそが、カンヌの存在意義なのかもしれません。

 選択肢の多さは、豊かさです。担当するブランドのために、はたまた自分自身のキャリアのために、新しい選択肢をカンヌから拝借してみる。そんなカジュアルな姿勢も、素敵なカンヌとの付き合い方だと思います。
 

ドイツ時代の同僚と。久々の再会もカンヌの醍醐味です
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