田中氏インタビュー「人の心を想像し、言葉にする訓練を」


 DLTは今回、日本国内の展示会に初めて出展し、新たな身体感覚を提案する「necomimi」、「さわれる読書(FANTOUCHIE)」、「Phantom Snack」の3つを体験型展示として紹介した。編集部は、近未来的な研究室をイメージさせるブースで、講演直後の田中氏を直撃。先進テクノロジーとの向き合い方や、クリエイティビティとの掛け合わせにおいて重要なスキルについて聞いた。

―― 2014年に設立されたDLTはテクノロジーを起点に人の心や社会を動かす体験や伝達手法を研究されていますが、マーケティングとはどのように関わるでしょうか。また、達成すべきKPIや「成功」の形はどのように設定されているのでしょうか。

 設立当時、テクノロジーが発達して表現手法の幅が広がっているのに、僕らがクライアントに提供するソリューションは半世紀続いた広告モデル、つまりCMかグラフィックという表現に限られていました。提案方法に関しても、基本的に特定のアプリケーションを利用したプレゼンしかできないという強いジレンマがありました。そこを脱却し、僕らのつくったプロトタイプを見てもらって「もっとこうしたい」「じゃあこう変えましょう」などとインタラクティブにマーケティングのお手伝いをしたかったというのが、DLTの発端です。

 事例が積み重なったことで、「こういうこともできるんだ」と気付いていただいて、さまざまな依頼をいただくことが増えました。企業側のカウンターパートは広告宣伝部、マーケティング部の場合もあれば、研究所や事業部から直接依頼されることもあります。

 KPIについてもケースバイケースです。「マツコロイド」のように、最新の技術を世の中に認知されたいという要望もありますし、すでに商品があってどういうふうに売るかをご相談いただいた場合のKPIは、もちろん売上になります。あるいは要素技術、基礎技術を商品化するアイディエーションを一緒にやるという仕事もあり、どんなフェーズでもお手伝いできると思っています。

 人の心は複雑で、研究成果や技術をどう見せたら驚いてくれるか、心を動かしてくれるかはすごく難しい問題です。だからこそ僕らはその研究をずっとしていますし、単に提案するだけでなく、企業や研究所と一緒に議論したり、ワークショップをしたり、実験をしたりすることが多いです。なので、まずは気軽に相談していただきたいですね。

―― 生成AIをはじめとしてテクノロジーが急速に進化し、誰もが使える「民主化」も進んでいます。人間とテクノロジー、特にAIとの協業についてどのように考えていますか。

 AIは素晴らしいパートナーになり得ますが、今話したように人間の心は複雑で、AIが捉えきるのは難しいと考えています。すべての企業やビジネスは人間のためにあります。飲食業、メーカー、サービス業、すべては結局のところ人間を相手にしています。けれど人間はすぐに飽きるし、昨日は驚いていたのが明日にはもう驚かなくなっているし、内心では思っていないのに「いいね」と嘘をついたりもします。日々変わる人間の気持ちをAIが捉えるのはかなり難しいです。

 一方で、プロンプトを入力すれば誰でも簡単にクリエイティブを生み出せる時代になったからこそ、より人間を理解したクリエイティブ、センス、アイディエーションが重要になると僕は思っているんです。これまでの歴史の中でクリエイティブ産業が強く必要とされる時代が何度かありましたが、これからすごく大きな「山」が来ると感じています。

―― 業種を問わず、今の時代に事業創造や変革を成し遂げるにはビジネス・テクノロジー・クリエイティブといった複数のスキルを持ち合わせた人材や組織の必要性が増しているように思います。田中さんはそういう人材のひとりだと思いますが、そのような人材を育成するポイントはなんだと考えますか。田中さんは、もともと機械工学の専門性やコピーライターとしての職能がありましたが、それをどのように広げてきたのでしょうか。

 最初に持っている専門性はなんでもいいと思うんです。工学でも、ITでも、パッションでもいい。繰り返しになりますが、人間の心は思っている以上に複雑で、動かすのはめちゃくちゃ難しいことです。だから僕は、すべてのビジネスが人間を相手にするものである以上、人間の心を理解したり、動かしたりする訓練をしたほうがいいと思っています。僕自身は3年かかったので、それくらいの期間は必要なのではないかと考えます。

 たとえば、夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという有名な話があります。一方で、「これは最高のビールです」とそのまま言っても、誰が最高だと思うでしょうか。あなたが好きですと伝えるためには、あるいは、最高のビールだと思ってもらうためには、どういうアプローチが必要なのか。たぶん、それを考えて実行することが最も重要なスキルです。

 どういう言い方をしたら相手がどういう気持ちになるか。もしそれを全員が理解することができれば、いじめも差別も戦争もなくなって、物は売れるし株価も上がると思います。テクノロジー・クリエイティブ・ビジネスを担う人材に最も必要で一番抜けているのは、人間を考える、人間を想像するイマジネーションではないでしょうか。

 人間を理解するためにどんな訓練から始めたらいいか。とっつきやすいのは「言葉」です。僕らコピーライターは必然的にコピーを書きますが、どんな職種のどんな商品を売る人であっても、どのような言葉の使い方をすると相手が怒るとか、喜ぶとかを考える経験は、必ずプラスになります。すべてのビジネスは人間を相手にするもので、人間は言葉を使うからです。大真面目に「問題を解決しましょう」と言われるよりも、ワクワクする、楽しい感じのほうがうまくいくし、長く続くソリューションになるはずです。

―― 「ストレートトーク」ではなく、人の心を動かす「PLAYFUL SOLUTION」ということですね。そこにはテクノロジーの介在が必須なのでしょうか。

 DLTにとってテクノロジーが必ず必要というわけではなく、課題に応じて、テクノロジーを使わない解決の仕方ももちろんあります。ただ一方で、僕らはクリエイティブ集団なので、新しい表現手法は常に研究し続けなければなりません。そして人間は初めて見るもの、予想していなかったものに出会った時が一番、心が動きやすいので、その点でテクノロジーを使って新しい表現をつくるのは効率がいいんです。

―― 最後に、これからコラボしたい、挑戦したいテーマがあれば教えてください。

 DLTのメンバーは色んなジャンルのスキルを持っているので、たぶん、全員が違う答えを持っているでしょう。代表として言うなら、まだ僕らが出会ったことのないテクノロジーや事業に出会ってみたいです。技術の発展と地球環境、サステナビリティとの両立というテーマも興味深いですね。

―― 日本中、世界中に眠る技術や才能がクリエイティブとうまく掛け合わされれば、事業成長と社会問題の解決を両立できる可能性を強く感じました。本日はありがとうございました。
 

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