次世代を担う35歳以下のマーケターが集まるカンファレンス「Rising Agenda(ライジングアジェンダ)2025」が、2025年6月12~13日、東京大学伊藤国際学術センター伊藤謝恩ホール(東京都文京区)で開催される。
開催を目前に控えた特別企画として、同カンファレンスのカウンシルメンバーであるFacebookジャパン マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏、花王 デジタル戦略部門の廣澤祐氏、Sun Asterisk Business Designerの木村紗希氏による座談会を実施。次世代マーケターが習得すべきスキルや持つべきマインドについて意見を交わした。
写真左から、ライジングアジェンダ カウンシルの廣澤祐氏、木村紗希氏、中村淳一氏
優れたマーケター、ビジネスパーソンの共通点とは
― お三方は「優れたマーケター」とはどういう人だと考えますか?廣澤 足立光さん(ファミリーマート CMO)が「マーケティングは商売だよね」とよくおっしゃっていますが、あのレベルで言われる「マーケター」はこれからも残り、プロモーションやオペレーションというレベルのマーケティングを担う「マーケター」は今後は不要になっていくのではと思っています。
多くの人がイメージする「マーケティング」よりも、「経営」に近いものしか残らないんじゃないかと。 そう考えると、優れたマーケターとは、経営の視座で物事を見られたり、それに基づいて、音部大輔さん(クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役)がおっしゃるような戦略を立てられたりする人と言えるのではないかと思います。
木村 その通りだと思います。自分が関わる事業や商品が、どういう関係者の下で成り立っていて、どのようにお客様の手に渡り、その後お客様がどういう使い方や体験をしているかーー商品をつくるところから顧客体験の最終地点まで、全体をどれだけ把握できるかが大事だと思うんです。
いわゆる「ビジネスモデル」で考えると、事業に関わるプレイヤーはBtoCなら自社と顧客、BtoBなら顧客の先にさらに顧客がいるかもしれない。でも、業界全体をもっと俯瞰で捉えると、実はさらに多くのプレイヤーがいて、そのすべてのステークホルダーのつながりの中で自社の事業が成り立っているんですよね。そこまで視野を広げて、自社の商品・サービスがどういうポジションで社会に存在しているかを把握できるかがすごく大事だと思っていて……その点が、20代の私には足りていなかったなと思うんです。
今後、AIを含む技術革新によって自動化がどんどん進み、一人ひとりができる範囲が広がっていく中で、見るべき範囲も自ずと広がっていくと思います。
中村 商品や広告、その他のクリエイティブの検討においてAI活用が進む中、変わらないのは「自分は誰か?」をとことん突き詰めることじゃないかと感じています。
前職のP&Gには「マーケティングとは経営である」という考え方があり、それを体現しているマーケターとして足立光さんや森岡毅さん、西口一希さん、音部大輔さんなどがいらっしゃいます。
もちろんマーケティングとは商売であり経営であるという考え方や、「WHO/WHAT/HOW」「4P+C」が重要だと言うことは一致していると思うんです。でも、仮に具体的なビジネス課題を提示した時に、皆さんが同じ解決策を考えるかというと絶対に違うはず。
例えばWHO×WHATというフレームワークは共通でも、その切り取り方や具現化の方法にそれぞれの個性が出て、異なる提案をするんじゃないかと思います。 基礎ができているのは当然で、「自分は誰?」「自分の個性は何?」「自分ならではの強みは何?」という自分の型をとことん突き詰めて、ビジネススキルに昇華した人たちが、マーケターというか、一流のビジネスパーソンとして残っていくのかなと思います。
そう考えると、第一に「自分は誰?」を突き詰めることは、時代を問わず、優れたマーケターに必須の要件だと思う。色々な人からインプットをもらいながら試してみて、自分に合う/合わないを判断していく必要がありますね。
第二に、相関関係と因果関係の違いがきちんと分かることも重要。これも時代を問わないけれど、今の時代にはより大事なんじゃないかなと思っています。
木村 ああ、それ本当に大事…!
中村 世の中で因果関係のように語られることの多くが、実は相関関係にすぎない。そこを曖昧にしていると、物事の本質を見極める目が養われないんですよね。数学的発想、ロジカルシンキング、クリティカルシンキングなど色々な思考法がありますが、因果関係で物事を理解して、構造的に何がどう効いてどういう結果につながったのかをきちんと説明できる能力は、マーケターだけでなく、優れたビジネスパーソンになるためには不可欠だと思います。
廣澤 日本企業が今後グローバル化を進める中で、トランスペアレンシー(透明性)や説明責任を追求されるシーンは確実に増えていくはず。その中で、物事の因果を説明する能力は確かにあらゆるビジネスパーソンに必須のものになりますね。
中村 そして第三に、AI含めスピード感を持って変化し続ける世の中で、ビジネスモデルやマーケティング含めセールス、研究開発、CRM、データ部門、リーガル、広報など全体の仕組みをデザインする能力が求められていると思う。私が20代の頃は、デジタルマーケティングの流れもあって、PDCAのスピードが大事だったけど、今はスピードはテクノロジーが担保してくれるので、圧倒的に全体をデザインする力のほうが大切ですね。どんなオートメーションツールに、何をフィードバックし、何をどう改善してどんな状態を目指すのか。今でいえば、AIで何を実現できるのか、それを実現するためにどういう仕組みをつくる必要があるのか、それを考えるためのリテラシーを高めていくことが大事ですね。
ここまでの話を踏まえると、冒頭に廣澤さんが話したことともつながりますが、目指すべき方向はビジネスをグロースする「グローサー」のようなものになってきているかもしれませんね。私も、もし20代に戻ったとしたら、ブランドマネージャーよりもグロースマネージャーや経営企画をやりたいと思う気がします。
Facebookジャパン
マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村淳一氏
慶応義塾大学経済学部卒。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(現Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。
マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村淳一氏
慶応義塾大学経済学部卒。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(現Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。
ライジングアジェンダ2025公式サイトは、こちら
本質を見極める力をどう磨く?
ー 因果関係など本質を見極める力は、どう磨けばいいのでしょうか?木村 データを見た時に、なんだか上手くいきすぎているように見えることってありますよね。そこで「本当か?」と立ち止まれるようになることが重要じゃないかと思います。 良くも悪くも、色々な事業活動がデータで可視化できるようになったことで、それを鵜呑みにしてしまうリスクも増えたと思うんです。目に見える数字の外側にある、数字では測れないけれど絶対に考慮しなければいけない要素があるはず。それを視野に入れた上でデータを解釈し直すとか、適切に評価・判断するとか、「正しく疑う」意識を持つことが大事なんじゃないかと思います。
中村 因果関係を正しく見極められると、予測ができると思うんです。例えば統計モデリングでも、過去2年9ヵ月分 のデータを分析して、この先3ヵ月間の予測をした時に当たらないことって結構あるのですが、それは因果関係を正しく理解できていない証左なんです。因果関係を見極める精度を高めるために、「この因果関係が正しいなら、こうなるはずだ」と予測し、仮説検証することを習慣づけてきました。
そこでは、仮説力と同時に因数分解する力も必要だと思います。結果に影響する変数にどんなものがあるのか、事業なりシステムなりの全体構造を理解した上で正しく把握する。例えば、自然現象や社会習慣などの季節要因は、ともすると無視されがちです。それらを正しく把握して因果関係を見極めた上でPDCAを回さないと、事業成長にはつながらないんですよね。
例えば、「売上目標を達成できない!→店頭での山積みが足りないからだ!→じゃあもっと山積みしよう!」は、ただコストをもっとかけようと言っているだけですよね。「売上目標を達成できない!→東京エリアにリソース配分が偏っていて地方エリアで山積みが取れていないことが全体の売上低迷につながっているようだ→じゃあリソース配分を変えてみよう」と、建設的な改善策を考える必要がある。それができるようになるには、仮説力と因数分解力を持って「なぜ、その結果になったのか?」を突き詰めて考える習慣が不可欠だと思います。そこは、P&Gでも、Metaでも鍛えられましたね。
木村 現在の数字がどうつくられているのか? どの変数がどう動くと数字がどう変わるのか? 効果・効率を上げるために一番のドライバーになるのはどの変数なのか?それを見極めるスキルを身に付けられたのは、LIFIULLでのデジタルマーケティングの経験が大きかったかもしれません。デジタルマーケティングの予算が大きく、事業に与えるインパクトも大きかったので、売上貢献というミッションと向き合い続けていました。売上に貢献するにはどうすればいいか? 現状何が問題なのか? 何を変えればいいのか?をとことん考えて実行する経験を、20代でできたことは大きかったですね。
廣澤 自分の経験で言うと、因果というものを明確に意識したのは某外資系消費財メーカーのインターンシップでした。その企業は学生に対しても、ロジカルであること、目的を大事にすること、その上でパッションがないとマーケティングはできないということをきちんと教えるんです。
インターンシップに行くと、グローバルグルーミングブランドを日本市場でどうグロースさせたかとか、日本の柔軟剤市場にどう参入したとか、ケーススタディを通じて学生にもわかりやすく説明してくれます。結果から遡って要因をブレークダウンして見せながら、「この考え方をロジカルシンキングといい、その企業では当たり前に行っていること」だと教えられました。
欧米では小・中学校の教育にロジカルシンキングやクリティカルシンキングが取り入れられているのに対し、日本では大学の教育でもロジカルシンキングを扱わない。日本の一般的な学生はロジカルシンキングの訓練をしないまま社会に出ていき、新入社員研修で急にロジカルシンキングを教えられるわけですが、教わる側が「なぜそれが必要なのか」がわからないまま一方的にインプットされるので、実務に活かされるはずもありません。
その点、花王という会社は、インターンシップ先の外資系企業と同様に目的思考が非常に強く、普段から「それは何のためにやるのか?」を厳しく問われます。そういう意味では、日本の平均的な会社よりは「目的は何か?」と否応なしに向き合う環境ではあるので、そこで鍛えられたと思います。
例えば、私が以前担当していた「キュレル」というブランドを例に挙げると、キュレルにはどんな商品がラインアップされていて、どう予算が割り当てられているのか。それぞれどういうシーズンにどのように売れていて、数量でいうとどれくらい出ているのか。こういうことを、即座に答えられない人は少なくないと思います。それって、「売れている」という結果に対して、なぜ売れているのかという要因を説明できていないということですよね。
花王株式会社
デジタル戦略部門
廣澤祐氏
2015年に新卒として花王株式会社へ入社し、広告宣伝部(現メディア企画部)にてデジタルマーケティングを3年経験したのち、化粧品ブランドのマーケティングに3年従事。 2021年1月より新設されたDX部門にて社内のデジタル化を推進、2023年より現職。
【 その他の経歴 】
2020年よりデジタルマーケティング研究機構 U35 Project プロジェクトリーダーを務める。2021年に一橋大学大学院 経営管理研究科(MBA)を修了したのち、現在は同大学院の博士後期課程に在籍しイノベーション・マネジメント / MOTの研究に従事。その他、メディア連載やイベント協力などを務める。
デジタル戦略部門
廣澤祐氏
2015年に新卒として花王株式会社へ入社し、広告宣伝部(現メディア企画部)にてデジタルマーケティングを3年経験したのち、化粧品ブランドのマーケティングに3年従事。 2021年1月より新設されたDX部門にて社内のデジタル化を推進、2023年より現職。
【 その他の経歴 】
2020年よりデジタルマーケティング研究機構 U35 Project プロジェクトリーダーを務める。2021年に一橋大学大学院 経営管理研究科(MBA)を修了したのち、現在は同大学院の博士後期課程に在籍しイノベーション・マネジメント / MOTの研究に従事。その他、メディア連載やイベント協力などを務める。
木村 ビジネスに携わる以上、小さくとも自分の担当業務のミッションがありますよね。それが上手くいかなかった時や、もっと上手くいかせたいという時には、障壁となっている要因が何なのか、絶対に考える必要があるはず。まずは、今任されているミッションの範囲内でいいので、原因と結果に徹底的に向き合うことが大事なんじゃないかと思います。
廣澤 一般的に、人が本気で因果を考える時って「上手くいっていない時」ですよね。失敗した時は言い訳しないといけないこともあり(笑)、理由をしっかりと考えるわけです。一方、上手くいっている時は「なぜ?」と突っ込まれることが少ないので、因果を突き詰めないことが多い。何となく忙しくしていると「これだけ数の施策を回している自分はすごい」という感覚にもなってしまい、何が上手くいった要因なのかを真剣に考えにくいんですよね。でも、そこで上手くいっている要因を見抜けると、戦略や施策に再現性が出てくるはず。上手くいっている時こそ、上手くいっている要因に向き合うべきだと思います。
ライジングアジェンダ2025公式サイトは、こちら