デジタル化やAIの進化により、ビジネスの現場は急速に変化している。こうした環境下では、顧客を深く理解し、最適な価値を提供することが企業の競争力につながるため、マーケティングの重要性はますます高まっている。しかしその一方で、優秀なマーケターの採用や育成に悩む企業も少なくない。特に消費者の価値観の変化やテクノロジーの普及を背景に、マーケターに求められるスキルは複雑かつ高度になっている。

 そこで企業におけるマーケティング人材の育成の現状と課題について議論するアジェンダノート主催の「マーケティング人材育成・組織開発 研究会」が2025年3月に開催された。本研究会では「今、どんなマーケティング人材が必要なのか」「どのように育てていけばよいのか」「組織やチームとしてどう成長していけるのか」といったテーマを軸に、ブランド企業5社による取り組みや課題、成功事例の共有を通じた活発な議論が行われた。
 

<参加者>
・NTTドコモ コンシューマサービスカンパニー マーケティングイノベーション部 プロデュース推進 担当部長 浜田淳氏
・パイオニア CMO 最高マーケティング責任者 井上慎也氏
・JTB ブランド・マーケティング・広報チーム マーケティング担当マネージャー 大泉智敬氏
・三井住友カード マーケティング本部 IT戦略本部 プロダクトオーナー 伊藤亜祐美氏・パナソニック デザイン本部 コミュニケーションデザインセンター メディアプランニング部 データドリブン担当主幹の増田健二氏

<モデレーター>
・ベストインクラスプロデューサーズ 代表取締役社長 菅恭一氏
 

「マーケティング人材育成・組織開発 研究会」に参加した、(左から)NTTドコモの浜田氏、JTBの大泉氏、パナソニックの増田氏、三井住友カードの伊藤氏、パイオニアの井上氏、モデレーターを務めた菅氏。
 

「守破離」に学ぶマーケティング人材育成


 マーケティングの現場では、人材育成のあり方や組織の成長戦略がますます重要なテーマとして注目されている。ディスカッションの前に、モデレーターを務める菅氏が「マーケティング人材育成と組織開発」に関する自身の視点を語った。

 菅氏はまず「マーケティング」という言葉の定義が企業によって異なることに触れる。ある企業では「市場創造」、またある企業では「売れ続ける仕組みづくり」、さらには「顧客の問題解決」として捉えられており、この定義の違いがそのままマーケターに求められる役割や育成の方向性に直結していると指摘した。つまり、マーケティング人材に求められる資質やスキルは業種や企業文化によって大きく異なり、それゆえ育成にも一律の正解はない、というのが菅氏の考えだ。
 
ベストインクラスプロデューサーズ
代表取締役社長
菅 恭一 氏

 2004年、朝日広告社にてデジタルマーケティング組織を起案。10年間マネジメントを行った後、2015年4月、デジタル時代のマーケティングプロデューサー集団、ベストインクラスプロデューサーズの創業に参画。「マーケティングの力で、人生を楽しめる人を増やす」というビジョンを掲げ、VMV策定、人間理解、価値設計、市場定義、顧客体験設計、RFP、チームビルディングなど各プロセスで方法論を開発し、クライアントサイドに立った伴走型支援を行っている。マーケティング分野のカンファレンスにも多数登壇。ad:tech Tokyo 1st place moderator、マーケティングアジェンダ沖縄プレゼンテーションアワード3年連続優勝、宣伝会議教育講座講師など。著書『マーケティングフレームワークの功罪』(日経BP)。

 菅氏は、マーケティング人材に求められる要件を「スキル」と「マインドセット」に分け、それぞれ異なる育成アプローチを必要とする点を強調した。スキルにおいては、マーケティングの基礎知識に加え、デジタル領域の理解、データ分析、プロジェクト推進力など、幅広く高度な力が必要となる。一方、マインドセットには、主体性や学習意欲、組織全体への視点を持つ思考習慣などが含まれ、これらは時間をかけて育む必要がある。

 また、育成方法についても企業ごとにスタイルの違いがあることに言及した。現場の草の根的な取り組みから始めるケースもあれば、マーケティング部門が主導して全社横断的に進めるケース、さらには教育プログラムを人事制度と密に連動させている企業もある。学習手段においても、自社開発や外部パートナーの活用など、実に多様な方法が存在しているのが現状だ。

 こうした多様な育成アプローチを整理するために、菅氏が注目しているのが「守破離」のフレームワークだ。伝統芸能や職人の世界の修行で用いられる言葉で、「守」は基本に忠実に学び、「破」は既存の型を打破し、「離」で独自の流派を確立するという3段階の成長プロセスを指す。菅氏は、この考え方をマーケティング人材の育成にも応用できるとし、企業事例を交えながら解説した。
  

「守」の段階では、まずは、闇雲に学ぶのではなく、マーケティング活動の実行プロセスを理解し、プロセスにおける自社の問題と課題、つまり学習のポイントを整理するところから始める必要がある。そして、基礎を学ぶための“師匠”を決め、その“師匠”の型を徹底的に学ぶことが第一段階として重要だという。

 次に「破」の段階では、プロジェクト型学習(PBL)などを導入し、既存のやり方が自社にフィットするかを検証し、カスタマイズする必要がある。企業ごとに業態やカルチャー、リソースが異なる以上、外部の型をそのまま適用することは難しい。むしろ菅氏は、自社の特性に応じて“破り方”を見極め、試行錯誤を経て最適なやり方を模索していくプロセスこそが重要だと指摘する。

 最終段階である「離」では、自社独自の方法論を確立し、それを組織全体に定着させるフェーズとなる。この状態に到達すると、独自のマーケティングの進め方自体が企業の競争優位となりうる。

 さらに菅氏は、この「守破離」のプロセスを効果的に循環させるためには、「プロセスデザイン思考」が欠かせないと指摘した。これは、単にマーケティング施策のアウトプットだけに注目するのではなく、プロジェクト全体の流れとして課題設定、顧客理解、アイデア創出、施策実行などをどう設計し、どのような思考法やフレームワークを用いるかを組織で共有・検証していく考え方だ。

 実際の現場では、成果のみしか注目されないが、それだけでは長期的な組織の成長にはつながらない。重要なのは、採用した手法や進め方そのものを振り返り、改善していく営みであると菅氏は指摘。マーケティングの世界では、こうした抽象度の高い「やり方」こそが、企業の中で再現可能な力となり、競争力の源泉となっていくとした。

※後編 NTTドコモ、パイオニア、JTB、三井住友カード、パナソニックが直面するマーケティング人材の育成・組織開発のリアル へ続く