必要なのは「文脈をまとったプロダクトアウト」の視点
—— 「良いものをつくれば売れる」というプロダクトアウトの考え方は、企業都合の発想で適切ではないと言われてきました。フライホイール型のブランド構築においては、むしろプロダクトアウトのほうがいいということでしょうか?
私は、現代は完全にプロダクトアウトの世界になったと思っています。ただし、そこにはどのように消費者とコミュニケーションしていくか、どのようにして文脈や話題をつくっていくかという視点が必要です。日本で「プロダクトアウトではなくマーケットインで発想すべき」と言われてきた背景には、従来のプロダクトアウトの概念が「機能(スペック)ファースト」だったことがあります。これからのプロダクトアウトは、ユーザーのためになる「文脈」を最初に持ってくることが重要です。
よく言われる例ですが、たとえばiPodが最初に発売された時、すでに同じ機能のMP3プレイヤーを日本企業が発売していました。日本企業の製品は「5ギガバイト」などの容量で訴求している一方で、iPodは「ポケットの中に1000曲を」というキャッチフレーズで訴求しました。この「ポケットの中に1000曲を」というのが文脈であり、ユーザーベネフィット(便益)です。この文脈は、おそらくプロダクト開発段階から存在していたと思います。
先ほど例示したユニクロのショルダーバッグは、幸運なことにユーザーが文脈を伝えてくれたことで大ヒットすることができましたが、それが初めから文脈として設定されていれば、より早く広がったのではないかと思っています。

—— ユーザーを巻き込んでいくプロセスをプロダクトに組み込んだ、“新しいプロダクトアウト”が必要なのですね。マーケティングの4Pの中にも「プロダクト」は含まれますが、日本ではいまだにコミュニケーション領域のみを管轄しているマーケティング部門も少なくありません。今後は商品開発部門と連携を深めていく必要があるといえるでしょうか?
はい。プロダクトをつくってから文脈をつくるのでは遅く、文脈を組み込みながらプロダクトをつくっていく必要がありますから、商品開発部門とマーケティング部門の連携強化は必須だと思います。
よく「日本企業のプロダクトは優れている」と言われますが、それはグローバル市場において間違いなく強みだといえます。現在グローバルで戦うことができている企業、たとえばトヨタやユニクロはプロダクトが秀でていますよね。ユニクロは10年前のヒートテックでも問題なく着続けることができ、他のファストファッションメーカーとは一線を画す品質を実現しています。また、私はアメリカに住んで25年ほど経ちますが、眼鏡は必ず日本でつくっています。日本製のほうが格段に質が良いからです。
多くの日本企業の課題は、ハード面ではなくソフト面。つまり、文脈をどのようにプロダクトに載せていくかです。そこを強化していけば、グローバルで戦える日本企業はもっと増えていくと思います。
「ブランドのフライホイール」時代に、マーケターが身につけるべきスキル・視点
—— フライホイール型のブランド構築に取り組みたいと思ったら、何から始めればいいでしょうか?
まずは、その企業・ブランドとしての理念や、Point of View(POV)=自社独自の視点を明確にすることが大切だと思います。その企業・ブランドは、何のために存在するのか? 何を実現したいのか? 何を大切にしたいのか?—— それに基づいて、自社商品・サービスが誰のため・何のためのものなのかを整理する必要があります。そうすれば自ずと、どんなものをつくるべきかが明確になっていきますよね。
ここ数年、「USP(Unique Selling Proposition:自社商品・サービス独自の強み)からPOVへ」という変化をよく耳にします。USPは機能の話で、それももちろん大事なのですが、それよりも先にPOVを明確にする必要があるということです。現代の消費者は、USP以上にPOVに引き寄せられ、信頼し、購入するからです。
—— フライホイール型のブランド構築・マーケティングを実行するために、マーケティング部門や商品開発部門の現場の方が身につけると良いスキルはありますか?
パッと思い浮かぶのは「ストーリーテリング」のスキルです。さまざまなクライアントと仕事をする中で、商品開発部門の方とお話しすると、「どのような文脈で商品をつくっているのか」をはっきり説明できるチームとできないチームに分かれます。前者の場合はマーケティング戦略を考えやすく、成果にもつながりやすいのですが、後者の場合はどんな施策を打っても売れにくいことが多いのです。
先日、日本のとあるBtoB企業から「企業の認知度が低くて人材採用が上手くいかない。採用マーケティングを手伝ってほしい」という相談をいただきました。お話を重ねてわかったのは、採用面接の際に各担当者が語る言葉が微妙にズレていたということです。特に、その企業がなぜ存在するのか? 何を行っているのか ? という説明にかなりブレがありました。その結果、求職者に企業の本質的な部分が伝わらず、入社に至らない状況が続いていたのです。そこで、まずは自社のPOVを明確にしましょうと提案しました。採用面接でも社内発表でも投資家向けのプレゼンでも、誰もが同じ言葉でストーリーテリングできるようにした結果、社内に共通言語ができ、採用の成果も出るようになっていきました。
関連して、文章を書く習慣を身につけることをお勧めします。生成AIが当たり前の時代、自分で文章を書かない人が増えてくる中で、差別化できるスキルになると考えています。書く力があると、自分が担当するプロジェクトやプロダクトの意味・意図を適切に伝えることができ、人を引き寄せることができるようになる。つまり、上手く巻き込み、協力を得られるようになるということです。
たとえば、ミーティングの資料のタイトルにこだわってみると良いと思います。タイトルは、資料の内容と会議参加者に依頼したいことを凝縮して表現するものです。日本企業では、資料=「情報を渡す道具」だと思われているケースが多いのですが、実は資料=「意思決定のための道具」です。ですから、資料のタイトルは「伝えたいこと」と「決めたいこと」を明確にすることが大切です。単なる情報ではなく、ストーリーを組み込んだものにする必要があります。
—— フライホイール型のブランド構築・マーケティングが有効となる世の中において、レイさんを含むクリエイティブ人材に求められること・期待されることは何だと思いますか?
I&COは「変革の伴走パートナー」を標榜しており、クライアントが「次の仕組みをつくる」ことに様々な形で関わらせていただいています。すでに完成したプロダクトを世の中に広めていく、狭義のマーケティングやクリエイティブの支援ではなく、プロダクトをつくる手前から並走することが多いです。フライホイール型のブランド構築を、クライアントとともに進めているといえます。
クライアントとそのような関係でプロジェクトを進めていくということは、グラフィックや動画、パッケージデザインといった成果物に責任を持つだけでなく、戦略やビジネス成果に貢献することが求められます。アウトプットよりもアウトカムにこだわる姿勢が重要です。
企業のPOVを明確にし、それを踏まえた文脈を組み込みながら商品・サービスを具現化し、顧客を最適な形で巻き込み、ブランド構築などの成果につなげていく。クライアントの事業活動全体に並走できるクリエイティブ人材が、今後ますます求められるのではないかと思っています。

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